「なるほど。さきほどの木の実ですな」「はい。鬼人族をかばうことを非難する者もおりましょうが、かわりに貴重な毒消しの術を得られるとなれば、その声は小さくならざるを得ません。くわえて、この毒消しは今回のみならず、これから先もずっと活用できるのです。蛇の王の毒を中和できるのであれば、大抵の毒は無効化できるはず。そんな解毒薬が誕生したとなれば、冒険者はもちろんのこと、毒殺を恐れる各地の王侯貴族も競って買い求めにやってきましょう。『組合』は金の成る木を手に入れたも同然と心得ます」「ほうほう」「結果として蛇鎮めの儀を妨害し、蛇の王の出現を招いたことに関しては責任をまぬがれませんが、そもそも蛇鎮めの儀のことを知る者はこの場にいる者だけ。私としても、協力者であるフョードル殿が不利になる情報をむやみに吹聴するつもりはありません。私自身がそれに協力したとなれば尚のこと、秘密は墓まで持っていくことになるでしょう」 逆にいえば、フョードルや『組合』が協力者でなくなったときはいくらでも吹聴するということである。 この情報が広まれば『組合』といえどただではすまない。 蛇の王の出現はイシュカの存立を危うくする大事件。知らなかったで済む話ではないことはフョードルも承知しているはずだった。 むろん、協力した俺も非難されることになろうが、フョードルや『組合』の受けるダメージに比べれば、蚊に刺されたようなものである。 と、あれこれ言葉を重ねている俺であるが、結局のところ、言いたいことはただ一つに集約される。 ――スズメから手を引け、と。 そのためならば蛇の王討伐の功績も譲るし、都合の悪い事実を隠蔽いんぺいすることにも協力しよう。そのかわり、手を引かないならば、そのときは俺は完全に『組合』の敵に回る。 相手は海千山千の奴隷商。こちらが言いたいことなど一言一句あまさず読み取っているに違いない。 さて、俺の言葉は奴隷商の中にある利害を量はかる天秤をどれだけ動かすことができたのか。 そんなことを考えながら、俺はフョードルの答えを待った。