朝食のお皿は綺麗に片付き、それぞれゆったりお茶を飲む。 あいも変わらずウリドラは何かを作っており、それが気になって仕方ない。先ほどは編み物のようだと思えたが、近くで見るとずっと細かいものだと分かる。 黒い魔粒子なるものを緻密に編み、ゆっくりと形になってゆく。何度となく僕とマリーから尋ねても「内緒じゃ」としか答えてくれないのが困りものだ。 仕方なく先ほどまでしていた二人の会話を思い出し、話題を振ることにした。「それで、今日のところはマリーが江東区案内をするのかな」「ええ、そうしようと思うの。ねえウリドラ、午後は一緒にアニメでも見ましょう」「あにめ? 良く分からぬが娯楽であれば何でも構わぬぞ。まあ、人の作った物など大した物では無いじゃろうがなあ」 あ、この世界でそういう発言はフラグって言うんだよ。 明日には青森へ出発するのだし、マリーにとっては日本の田舎暮らしへ憧れているところもある。その予習を兼ねているのだから構わないか。などと考えていると、エルフの瞳に剣呑なものが宿る。「あーら、この日本の誇る娯楽というものをまだ知らないようね。いいかしら、アニメというのは一枚一枚、職人が絵を描いて魂を……」おっと、マリーのアニメ魂に火が付いてしまったようだ。アニメは芸術だとか完成された物語だとか、熱く熱く語っていた。とはいえ見たことのないウリドラにとっては「?」という反応しか出来ないけれど。「ふうむ、ならばわしが評価をしてくれよう。あらゆる芸術を知るわしの目は厳しいぞ」「望むところよ、あなたの価値観を破壊して見せるわ!」などとアニメのパッケージを挟んでゴウ!と炎をあげる様子は……ちょっと変だ。 さて、早めに起きたので時間はまだある。2人へ昼食の作り方を説明しつつ、ジャガイモやレモンを輪切りにし、オーブン用の鉄板へ敷き詰めてゆく。ごろごろとニンニクや鶏肉を乗せ、香草、下味を整えたらほぼ完成だ。 お昼にしては多めだけれど、魔導竜が一緒ならきっと平気だろう。「あとはオーブンで焼くんだよ。向こうのパンと一緒に食べてね」「ええ、任せてちょうだい。作り方もしっかり覚えたわ」 ふむふむ、もしかしたらレシピ本を手渡すだけで、もうマリーは作れてしまうかもしれない。そうなると彼女の作りたい料理のためにお買い物をする日も近いか。「うん、そのときが楽しみだ」「き、期待しないでちょうだいね。私も手料理くらいは出来るけれど、まだこちらの食材には慣れていないから」 いやいや、それも含めて楽しみだよ。味というのは人によって変わるところがあり、そのような味わいこそが彼女の個性だと思えるからね。 さて、その日を楽しみにしながら連休前の最後の一日を働いてきましょうか。 2人から玄関まで見送ってもらい、いってらっしゃーいと明るく声をかけられる。思えば朝の挨拶をしてもらえることも僕の活力になっている気がするな。 きょとりと小首を傾げるエルフに「なんでも無いよ」と返事をし、それから会社へ出発した。 さて、それから2人はたっぷりとご近所を堪能したらしい。 小道に現れた子猫と戯れ、その可愛さにウリドラはあっという間にデレデレにされる所から一日は始まった。 いつぞやに渡したお小遣いでコンビニのソフトクリームを買い、そして互いに身悶える。小さな公園には明るい笑い声が響き、そのときにナンパらしき者も現れたようだ。とはいえ、竜とエルフは空気のよう無視をしているうち退散したらしい。 まあ、2人とも優しくて綺麗な女性だけれど、何気に人を見る目があるからね。 それから図書館へと向かい、薫子さんに友人として紹介をしたそうだ。 以前にもウリドラは彼女の旦那さんへ挨拶をしたことがあり、そのことは夫婦でも話題にしたらしい。ウリドラは派手な容姿であるものの、黒髪と黒い瞳をしているので「日本人とのクォーター」として伝えられた。「うわ、こんなに大成功な混血だなんて……! あっ、写真! 良ければ一緒に写真を撮りませんか!」 などという会話がされ、SNSを通じて僕の職場まで届けられるだなんて。 うわ、あの真面目な薫子さんがピースしてる。よほどテンションを上げていたんだね。他の職員まで混じえた写真まで送られてくると、流石にもう吹き出さずにはいられない。 まったく、昼食時まで僕の頬を緩めようとするとは。 などと、にまにまとスマホを見つめながらガブリとパンへ食い付いた。こりゃあ午後は長く感じるだろうなと思いながら。