74信長の判断は実に適切だったと言えるだろう。シバが討ち取られようものなら、《炎》軍の士気は激減し、逆に《雷》軍の士気は跳ね上がり、勝ちは揺るがぬにしてもかなりの苦戦を強いられることになまた《炎》最強の突破力を誇る《炎》随一の猛将が不在となれば、その後の侵略戦争にも大いに遅れが出ていたことは想像に難くない。そして、火縄の一斉掃射ならば確実に勝利を収められるのだ勝つべくして勝つ。負ける戦はしない。それが信条の信長が、たかだか一子分のわがままを叶えるために、そんな危険な賭けをするはずもなかった。将として、王として、信長は正しい正しすぎるほどに、正しい。だから、彼を恨むつもりは毛頭ないないのだが、無念ではあった。せつかく武を極めたというのに、それを振るう機会が永遠に失われたのだから。「そ、ついう運命だった、ということか神とはなんと無慈悲なものよ。わかっていたことだが、な」そんなふうに、すっかり諦観に浸っていた時だ。 75自分と同じ領域に踏み込んでくる銀髪の雌狼と出会ったのはーその時の高揚感は、今でも鮮明に思い出すことができる。初めての神速領域での戦し久しく忘れていた死の匂い、その緊張感磨きに磨き抜いたカと技を振るえる感動あれほど楽しかったことは、他に覚えがない。人生で最も充実した、濃密で甘美な時間であった。終わってしまうのを寂しく、悲しく、もったいなく思ってしまうほどに。だが、彼女はそこでシバの予想を上回る。シバをベテンにはめ、率いる部隊もろともまんまと逃げおおせたのだ。その時こそ楽しい時間を最後の最後でぶち壊されたと憤りを覚えたが、今はむしろそれで良かったのだと思っている。彼女は自分の前に再び立ったのたから。あの時よりはるかに腕を上けて!「はああっ!」「せええいっ!」 76本気のシバの斬撃を、ジークルーネが打ち落としていく。領域に入ったシバの攻撃を、ここまで凌いだ人間はついぞ記憶にない。ェインヘリアルといえど、数合もたずに骸を晒すのがお決まりだった。それがどうだ。すでに三〇合は斬り結んでいるというのに、敵はまだ生きている「ふふつ、ジークルーネ、やはり貴様は最高だっ!もっとだ。もっと俺にこの領域を堪能させろ激しい剣戟の中、シバは歓喜の咆哮をあげる自らの一撃一撃が、鋭さを増していくのが自分でもわかるのだ。戦いとは、独りでするものではない。相手あってのものだ。同じ力量の相手と戦い、その速さに慣れることで、微修正していくことで、領域内での動きがより洗練されていくのだ。まさに至福の時間であったが、「ぜあっ!」「ぐっー」 77シバの渾身の一撃が、ジークルーネの刀を弾き飛ばすこれまでなんとかさばいてきたが、ついに受けきれなくなったらしい。彼女はここが限界だったらしい。「終わりだ!」せめて苦しますに逝かせてやろうと、その胴体めがけて愛刀を振り下ろした。「ぐあっ!」シバの攻撃の勢いに耐えきれず、ジークルーネが弾き飛ばされ地面を転がるだが、上半身はつながったままだ。「チョコザイな」シバはふんっと鼻を鳴らす。ジークルーネは咄嗟に腰に差していたもう一本の刀を半身抜き、シバの斬撃を紙一重でと防いだのだ。とは言え、体勢が不十分だったため、完全には防ぎきれなかったようだが。「はあはあジークルーネが弾き飛ばされた愛刀を拾い、杖代わりにしてよろよろと立ち上がってくる 78わざとそちらに飛ばされたのか、それともただの偶然かその可能性のほうが高そうだ。今やジークルーネの顔には滝のような汗が流れ、肩で大きく息をしている限界が近いことは一目瞭然だ。だがそれでも、「戦意はいささかも衰えていない、か」シバはむしろ今まで以上に警戒し、愛刀を構え直すと同時に気を引き締め直す。シバは経験から知り抜いていた。こういう手負いの獣とやるのが一番厄介なのだということを。「はあはあ…わかっていたことだが、やはり強いな」再び愛刀を構えつつ、ジークルーネは苦々しげに独りごちる戦い方が真逆ゆえ比較は難しいが、ジークルーネの体感では、あの双紋の化物、スティンソールさえ上回る