「そいつの命は後6分や! 倒すこと考えたらあかん!」 狂化剤を服用したネクスと対峙するロックンチェアへ、ラズベリーベルがアドバイスを叫ぶ。狂化剤の効果は、全ステータス2000%。すなわちHPもVITも20倍されるのだ。攻撃は焼け石に水である。 それを聞いて、ロックンチェアは納得した。ネクスの全身から放出されている不気味な青白い光、これがその異常なまでの力の源であり、6分後の死がその代償であると。「…………」 タイトル保持者の戦いを見よ、と。ロックンチェアは見得を切ったが。 しかし、彼の左腕は……先ほどの《飛車盾術》を《銀将剣術》で弾かれた時から、じんと痺れている。 20倍という数字は、如何なタイトル保持者とはいえ、容易に覆せるものではない。 ……6分間耐える。それが、自身に課せられた試練。ロックンチェアはバックラーを構え、にこりと微笑んでから、静かに息を吸った。 命懸けのこの状況でさえ、彼は普段のルーティンをこなすことで、心を落ち着けられる。揺るぎない自信が彼をそうさせる。盾の扱いで己の右に出る者などいない、と。そう信じて疑わない。 彼こそが、【盾術】世界最高峰――『金剛』。「ユクぞ」 ネクスが、青く光る瞳を揺らしながら、ぼそりと呟く。 瞬間、残像が見えるほどの高速移動でロックンチェアの眼前まで接近し、荒々しく《歩兵剣術》を振りかぶる。 速い。鋭い。そして、重い。 受けたら終わる。ロックンチェアはそう直感し、《歩兵盾術》でタイミングを合わせてパリィする。パリィならばノーダメージで切り抜けられるからだ。 結果、パリィはなんとか成功した。ネクスはノックバックし、体勢を崩す。 本来なら、ここで追撃に出るところ。しかし……ロックンチェアは逡巡した。 不意に、果てしない恐怖を感じたのだ。まるで足元の地面が急になくなり、奈落の底へと落下していくような、得も言えぬ不安。 果たして、これを6分間も耐え続けられるだろうか――と、考えてしまったのだ。 相手は、常軌を逸したスピードで動く剣術師。その攻撃をパリィし続けるなど、土台無理な話。今回はたまたま成功したから良いものの、失敗したならば場合によっては一撃死もあり得る。「角行しかなさそうですね」 ロックンチェアのパリィ成功率は3分の1から2分の1ほど。ネクスが相手となると、4分の1もないだろう。ここはパリィを確実に成功できる状況のみに控えて、基本は《角行盾術》の強化防御で手堅く行こうというのが、現在のロックンチェアの判断であった。「シネッ!」 のけぞった状態から回復したネクスは、剣を大きく振りかぶり、《銀将剣術》をロックンチェアへ叩きつけんとする。 ロックンチェアは間合いを取りながら《角行盾術》の準備を間に合わせ、剣に盾をぶつけて防いだ。 九段でVIT600%の強化防御。【盾術】で最も高い防御力を発揮するスキルである。「凄い……!」 あのネクスの渾身の一撃を受けきった! ――ロックンチェアの戦いの様子を見て、ブライトンが息を呑む。 ブライトンとレンコは、ものの1分も経たないうちに苦戦を強いられ、ディザートの戦士たちと共に総攻撃を仕掛けても数分と持たずに瀕死に追い込まれた。手も足も出なかったのだ。 それが、金剛ロックンチェアは、もう三度もネクスの攻撃を防いでいる。ディザートの戦士たちの支援もなしに。 金剛とは、タイトル保持者とは、斯くも強いものなのか――と。その場にいた殆どの者が、俄かに感動を覚えた。 ……だが、ラズベリーベルだけは見抜いていた。ロックンチェアも、そう長くは持たないと。「くっ……!?」 一見して、《角行盾術》による防御が決まったかに思えた状況。ロックンチェアは、顔を顰めて二歩後退した。 VIT600%の防御。【盾術】を歩兵~龍王まで九段に上げきったロックンチェアのVITは並大抵のものではないが、それでも……2000%のSTRの前には意味をなさない。防御していて尚、ダメージが通ってしまったのだ。