「難しいのはここから先よ。信頼されないと遊んでくれないし、お風呂だって焚いてくれないわ。だけど厳しくしないとすぐに遊び始めてしまうから、山火事にだってなりかねないの」 ふむ、なるほど。気難しいだけでなく移り気まで激しいのか。 いわゆる躾のようなものを求められているけれど、精霊語がまだ不得手の薫子さんにとっては荷が重い。主人として認められるのは、きっとまだまだ先なのだろう。「そうだ、きゅうりとか好きですかね」 おもむろに床にきゅうりが置かれて、僕はもう何も言えなかった。せいぜい「河童じゃないんだから」と突っ込む程度だ。 僕と徹さんでまったく同じセリフをハモらせていると、なぜかマリーは人差し指を火とかげに向けた。「見て頂戴。尻尾が動いている。興味を持っているわ」 はい? と小首を傾げながら視線を向けると、柱の反対側から覗いている尻尾がかすかに左右に揺れている。警戒するような眉間の皺は相変わらずだけど、ゴマ粒みたいに小さな目は薫子さんではなく床に向けられているとも気づく。 青くさい匂いをフスフスと嗅いでいる様子には、長らくこの世界を旅してきた僕でさえ「精霊との触れ合いってこういう感じなの?」と目を丸くする思いだ。 しかし複雑な気持ちでもある。しゃがみこみ、なるべく同じ目線になって話しかけ続ける薫子さんを羨ましいと思うんだ。 というのも長旅のあいだ精霊と触れ合えたら楽しいだろうなと思い、1年がかりでエルフ語を習ったというのに素質がまったく無かったからね。「いいなぁ、楽しそうだなぁ、僕も精霊術を覚えられないかな?」「んー、無理」 彼女が思案をしたのは一瞬で、さくっと不可認定を受けた僕は泣きそうな顔をしたよ。それがおかしかったのかマリーは屈託なくお腹をかかえて笑い、ぽすぽすと腕を叩いてきた。「んふふ、あなたって面白い。すぐ顔に出るんですもの」「それって笑うところかなぁ。僕もそれなりに傷ついているんだけど」「あなたはあなたでいいの。それにもう覚える必要なんて無いでしょう? だって私が呼び出してあげるから、いつだって遊べるじゃない」 ね? と腕にしがみつかれた少女から見あげられて、確かにそうだなと思い直す。 しかしそんな会話を聞いていた夫妻はというと、なぜか頬を赤くして瞳を真ん丸にしていた。徹さんは震える指先をこちらに向けて、おずおずという風に口を開く。「それってつまり、ずっと一緒にいるってことかい?」「え、でも大体いつも一緒だよね?」「お仕事のあいだ以外はそうかしら。でも、別におかしなことでもなんでもないでしょう?」