当たり前だけど、レストランを予約する事なんてほとんど無い。 高級料理は独身サラリーマンにとってハードルが高く、高いお金を払うより自分で美味しく作れるようになれた方がお得と思えるからだ。 しかしいま、僕らは綺麗なレストランの前にいる。 その店はどこか海を思わせる作りをしており、洋風で上品な店構えへマリーは腕にしがみつきながら見回していた。壁の装飾や趣のあるランプなど、童話を好む少女にとってたまらないだろう。 もちろんお財布だってたまらない。このような場なのだからと涼しい顔をしているけれど、今にもぺったんこになってしまいそうだ。 ただでさえ入場券はお高めであり、思わぬゲスト参加もあって出費はかさんでいる。 ――おじいさん、ありがたくお小遣いを使わせていただきます。 などと青森の祖父へ、僕は心の中で深く感謝をした。 いやほんと、こういう施設はお金がかかるね。流石だなと思えるのは、支払った以上に楽しめていると思えることかな。 などと考えていると、目の前へスッとお店のメニューを差し出された。顔を上げると黒髪の店員さんがおり、にこりと柔らかく微笑みかけてくる。「北瀬様のご予約を確認いたしました。どうぞメニューをお選びください」「ありがとう。――みんな、好きなものを選んでくれるかな」 そう伝えると皆は一斉にメニューを覗き込む。 目立つ外見の彼女らであり、しかもエルフ語で話しているせいか少しだけ店員さんは驚いているようだ。しかし接客に慣れているらしく柔らかな笑みを崩さないのは流石と思える。 うーん、やはりプロは違う。 まあ今回はイブも一緒なので、エルフ語を使わざるを得ないかなぁ。その彼女は、ウェーブがかった金髪を押さえながら唇を開かせる。「ニホンゴなんて読めないけど、えー、なにこれ、幾つ料理が出てくるわけ?」「もちろん書いてあるだけ出てくるわ。これはコースと言って、西洋の高級料理としては一般的なのよ」 などとマリアーベルは嬉しそうにアレコレと教えているようだ。以前にも彼女とは高級レストランを利用したこともあり、おそらく幻想世界の住人のなかで最も日本に詳しいだろう。「むう、このローストビーフなるものは興味あるのう。決めた、わしはこのスペシャルメニューじゃ」「美味しそうじゃん。いいよ、あたしもそれー」 うんうん、この時期にしか出ないメニューだね。内容は充実しており、そしてお値段も大充実だということを僕は知っているよ。 ワイワイ盛り上がる皆を眺めていると、店員さんはこそりと話しかけてきた。「それで北瀬様、ご予約は3名様だったようですが……」「ああ、急な飛び入り参加があったからね。もちろん僕は辞退するから、外国から遊びに来た彼女たちへ日本のおもてなしを見せてあげてくれないかな」 などと話していると、グイと腕を引かれてしまう。見下ろすとマリーは目を見開いており、ほんの少しだけ寂しそうな顔をしていた。「そんなの駄目よ、あなただけ外にいるなんて。可哀想で食事を楽しめないもの」「いやいや、僕としては皆に楽しんでもらえる事が何より嬉しいんだよ。そのことはマリーならきっと分かるんじゃないかな」 う、ん、と少女から困ったよう頷かれる。