お近、あとで少々頼まれてくれんかの」
そう翁に声をかけられたのは、暑さも盛りの夏の午後だった。
「はい。ええと……すぐに済む用事ですか」
「いや、そのう……『すぐに済む』かはわからんのでな。そうじゃ、店が終わるころに頼もうかの」
「はあ……そうですね、今日はお客様も多いので。ひと段落したら、伺いましょう」
「そうしてくれるか。ではまた後ほどにな!」
近江女は額から落ちる汗を手の甲でおさえた。
妙にそわそわしながら去っていく翁の後姿を見送る。
「なんなのかしら、一体……」
いつもの思いつきのイタズラかなにかだろうか。
嫌な予感がする。
しかし誰に、一体どういうものかまでは分からなかったので、それ以上深く考えるのはやめた。
「この忙しい時に……」
ふうとため息をついて、近江女は店の仕事に戻った。
今日はいつもよりたくさんの客が来ていた。
予約客がほとんどだったが、急に見えた客も入れると、いつもの倍の接客数だった。
この忙しい最中に翁の思いつきの用を頼まれるなど、他の従業員にどう言うべきか……思いあぐねていると、ふいに後ろから肩を叩かれた。
振り向くと増髪が立っていた。
「お近ちゃん! どうしたの?」
「いえね……ああいい。あとで話すわ」
「そう? あ、そうだ。今日は特に忙しいから、あとで操ちゃんにもお手伝い頼もうかと思っているんだけど、どう?」
「ああ、そうねえ。そうしようかしら。お勉強で手いっぱいかもしれないけれど、今日だけは忙しくなりそうだからねえ。ええ、そうしましょ」