「早く早く!」 笑顔で寝台を指さされ、リヒャルトは混乱した。一体なにゆえに舅の目前で許嫁に寝室へ連れ込まれなければならないのか。 だが焦ったのはほんの数瞬だった。寝台を見たリヒャルトは、ぎょっと息を呑んだ。 「お……おかえりなさい。大公殿下……」 寝台の中、毛布から恥ずかしそうに顔をのぞかせていたのはジェラルドだった。 なぜこの寝室に普通に彼が寝ているのか。さっぱり理解できず呆然としていると、ミレーユがうきうきしたように説明してくれた。 「実はね、あたしたち、リヒャ……じゃない、大公殿下大好き同盟を結んだの。それで、あなたにおやすみ前に本を読んでもらおうと思って待機してたというわけなのよ」 「…………すみません。全然わかりません」 リヒャルトは眉間をおさえてうめくと、ミレーユの腕をつかんで部屋の隅に連行した。もちろん小言を言うためである。 「一体何をしているんですか、あなたは。大好き同盟ってなんなんです? ジェラルド殿下と遊ぶのは構いませんが、もう夜ですよ。遊ぶなら明るいうちにしてください。それから、俺の寝室に入るのは禁止だって前にも言ったでしょう。いろいろ危ないんですから」 「な、なによ、いきなりそんなに怒らなくてもいいでしょ。勝手に部屋に入ったのは謝るわよ……。じゃ、あたしの寝室でやる?」 「だから、そんなことを軽々しく言っちゃだめだって、何度言ったら……」 思わず顔を覆ってため息をつく。その台詞一つ一つがどれほど心を惑わすのか、影響力をわかっていないのだからたまらない。 「でもね、あなたがここに来るのは夜だけだし、ジェラルドさまはもうすぐおねむの時間だから帰らなきゃいけないし、今しか時間がないのよ。ジェラルドさま、あなたのことが大好きなんですって。寝る前に本を読んでもらうのが夢なんだって、目をきらきらさせて言ってらしたの。だから叶えてあげたいなって思って……。そんなに迷惑だった……?」 だんだん声が小さくなる。リヒャルトはもう一つ息をついた。 「迷惑じゃないですよ。それくらいならやってさしあげます。ただしジェラルド殿下だけです。わかりますよね。結婚前なんですから、けじめをつけないと。無闇に男の寝室に入ってはだめです」 先日は無理やりここに連れ込んでしまったが、その本人が言うのだから間違いない。この部屋は危険なのだ。戯れのように起こしにきてほしいと要求したこともあるが、今はあの頃と違って余裕がなさすぎる。 「……わかったわ……」 がっかりしたように肩を落としてミレーユがうなずく。しゅんとした様子に少し胸が痛んだが、仕方がない。 「それから、最近ずっとやっている新婚ごっこもできれば中止にしてくれませんか。結婚したら思いきりやっていいですから」 途端、ミレーユがカッと目をむいた。 「なんですって!? あたしは遊びでやってるんじゃないのよ!」 「ええ、わかってますよ。あなたはいつだって全力で真剣なんですよね。ですが今はちょっと……困るんです。いろいろと」 正直、これ以上積極的にこられると──本人はそのつもりはないかもしれないが──理性が続くか自信がない。エドゥアルトに結婚を認めてもらうには何が何でも耐えなければならないというのに──。 「だって約束したんだもの。あなたのお父様とお母様に、あなたを幸せにするって!」 どこか必死な様子でミレーユが叫び、リヒャルトは驚いて彼女を見下ろした。 「どうしたらあなたが幸せだって思うかわからないけど、あたしはあなたの許嫁だから、妻っぽいことを研究しようと思って……。そりゃ未熟者だから、いろいろ空回りもしてるかもしれないけど、でも、これからもっと頑張るから……困るなんて言わないで」 そう言う彼女のほうが、よほど困った顔をしていた。いつものように天然ぶりを発揮してこちらを翻弄しているとばかり思っていたのに、まさかあれが研究の一環だったとは。 「ミレーユ……」