貴女のお腹には悪戯な精霊が棲んでいるらしい。 真夜中に空腹を訴え、わたしに食料を探しにいかせる、とびきりの悪戯っ子が。 貴女を満たすためなら、わたしはいくらでも食料を調達しよう。 けれどそろそろ、貴女がお腹を壊さないか心配している〉 「なんであたしのことが書いてあるの────っっ!?」 あまりの動揺にここがどこかも忘れ、ミレーユは思わず素に戻ってしまった。 他人事でないなんて生ぬるい。どれもこれも身に覚えのあることばかりなのだ。 綺麗な表現に変えてはあるが、土いじりをしてドレスを汚してしまったことも、勉強三昧に疲れて息抜きに木登りしたことも、裸足で回廊を激走したことも、夜中にお腹が空いてこっそり食料を調達に行ったことも、全部全部ミレーユの経験話なのである。 「なんであたしの日常がこんなところに書いてあるわけ!? 一体誰が書いたのよっ、ていうか逐一観察されてたの!? いや──っ、気持ち悪い!!」 「お静まりくださいませミレーユ様。お言葉遣いが激しく乱れておいででございます」 クライド夫人の冷静な一言に、はっ、と我に返る。 太后の前だというのにありえない取り乱し方をしてしまった。これはまずいとミレーユが二重の意味で青ざめていると、見守っていたマージョリーが笑顔のままで口を開いた。 「……ミレーユ。あなた、この手記の内容に心当たりが?」 (うっ) 大公妃の修業に励んでいる身として、大変まずい事態である。答えられずにへどもどしていると、マージョリーは察したのかさらに笑顔で続けた。 「あらあら。あなた、普段はこんな生活をしているの? ほほほ、やんちゃだこと」 (ひー) 笑顔のままなのが逆に怖い。太后の前では最大限に気を遣ってお嬢様ぶりっこをしていたというのに、目の届かないところでは手を抜いていたことがばれてしまった。これでは第三試験どころではない、今すぐ落第を言い渡されてしまうのではなかろうか。 しかし、冷や汗をだらだら流すミレーユに、マージョリーはおっとりと告げた。 「いいのよ。これくらいのこと、可愛いものだわ。別の種類の醜聞を起こされるよりはね。もっとも、その別の種類の醜聞が起こりそうだから、あなたを呼んだのだけれど」 「別の、種類……」 「先に言ったとおり、これは恋の手記として公都中に広まっているの。そして、この高貴なる女性というのが誰なのかというのも、だいたいのところは皆予想がついているようね。そう、あなたのことよ。ミレーユ」 ミレーユは目を瞠って彼女を見つめた。──この手抜きな日常が公都中にばれている!? 「もちろん噂の範囲に過ぎないけれど、あなたは次の大公妃となる姫ですもの、注目を集める立場なのよ。そして、こういった──男女の色恋沙汰に関する醜聞の対象にもね」 とある筋から情報が入り、よもやと思って調べてみたのだという。この手記を発行しているのは富裕階級の醜聞記事を書く出版社だ。次代の大公妃であるミレーユはその標的にされたということらしい。 「出版社の創作した悪ふざけなら捨て置いてもいいの。手記の発行で公都が少しでも活気づけば、わたくしたちにとってもそれは嬉しいことですからね。けれど、この手記がもし本物だとしたら話は別です」 「ほ、本物、とおっしゃいますと」 「あなたに懸想している誰かが、これを書いて発表したということよ」 ミレーユはまたしても目をむいた。別の種類の醜聞、というのはそこに繫がるわけか。未来の大公妃の禁断の恋とでも銘打たれるのだろうか。