「シルビア・ヴァージニア。お前の父親はよく知っている。二対一など、騎士の誇りを捨てたか?」「……っ!」 実に巧妙な煽りである。 正義感が強く騎士に憧れているだろうシルビアの性格を見越し、父親を引き合いに出してから、そのプライドをつつく。熟練した盤外戦術だった。「ダメ、だよ。冷静に、なって」「うむ。分かっている。分かっているが……私にも退けない時はある」「……あーあ」 ウィンフィルドは一度だけ止めて、やはり止まらないシルビアを見て、早々に諦める。 シルビアはセカンドに何か悪い影響でも受けているんじゃないかというくらい、非常に頑固であった。正義と誇りのためなら当然とばかりに命を賭ける人間だった。 ゆえに、ガラムの挑発に、乗ってしまう。それは必然と言えた。「舐めるなよ、一対一だ」 シルビアは弓を構え、矢をつがえ――「馬鹿だな、お前」「なっ!?」 ――次の瞬間、ガラムはシルビアの目の前まで迫っていた。 そして、大剣が、無慈悲にも振り下ろされる。「くぅっ……!」 受け止めたのは、エコだった。苦しそうな表情で、大盾を何とか支える。「おお、凄いぞお前。これを受け止めるなんてな」 ガラムは急に饒舌になり、エコを褒めたたえる。しかし、その動きは止まらない。 二歩下がったかと思えば、大剣を下段に構える。 何が来るのか。シルビアは判断がつかず、後退しながら《銀将弓術》を準備する。「!」 するりと剣を地面と平行にしたまま動き出すガラム。「突きだ!」そう直感したシルビアは、横へと体を躱しながら《銀将弓術》を――「素直すぎる」 突如、ガラムは直線の動きから曲線の動きへと変化した。《桂馬剣術》を途中でキャンセルし、《歩兵剣術》で斬りかかる。たったそれだけのことだが、その間には幾重ものフェイクと誘導があり、初見で回避するなど不可能なほどに老練された技へと昇華されていた。「ぐあっ!!」 斬撃を受けるシルビア。肩から鮮血が舞い、よろよろと後ずさり、3メートルほど後方で膝をついた。「…………っ」 しかし、流石は乙等級ダンジョンにこもっていただけはある。肩の傷などものともせずにすぐさま立ち上がると、ガラムから距離を取りつつ落ち着いてポーションを飲み、HPを全回復させた。「えいやーっ!」「うおっ!」 ガラムの敵はシルビアだけではない。いつの間にやら二対一になっており、エコがガラムに対して突進を仕掛ける。攻城で大活躍したスキル《飛車盾術》だ。だが……「それは、隙が大きすぎるな」 当たらなければ、意味はない。ガラムはギリギリで躱し、通り過ぎていったエコの背中めがけて《歩兵剣術》を――「……危ないところだ」 発動できなかった。その隙を狙い、シルビアが《歩兵弓術》を放ったのだ。 ガラムは振り向きざまに矢を大剣で弾くと、その勢いのままシルビアとの距離を詰める。「副団長殿の火力は大方把握した」 シルビアは一言呟いて、《金将弓術》を準備した。範囲攻撃+ノックバック効果を持つ、【弓術】では珍しい近接対応スキルだ。「――っ」 目敏くシルビアのスキルを読み取ったガラムは、その場で歩みを止める。そして、戦法を変えた。急接近して《銀将剣術》で仕留める狙いから……中距離での《龍王剣術》で仕留める狙いへと。 準備時間は約4秒。隙は大きいが、射程も威力も大きい。「それを待っていたぞ!」 シルビアはガラムが《龍王剣術》の準備を始めた瞬間を見計らって《金将弓術》をキャンセルすると、《飛車弓術》の準備を始めた。後から準備しても、向こうの準備時間は4秒もあるため、間に合って然るべきと考えたのだ。「まあ、悪くないが、付け焼刃だな」 ガラムは余裕の表情で《龍王剣術》をキャンセルする。そこでシルビアは勝利を確信した。流石に、もう《飛車弓術》に対応できるようなスキルは間に合わないと踏んでいたのだ。