「良かったわ、そう言ってもらえて。収入のないあなたの為に、と思っていたけれど必要なさそうね」 ぴたりと今度は僕の手が止まる。 おかしいな、僕はこれでも真面目に夢の世界で遊んでいるし、向こうでは定職なんて就くつもりも無い……って、あれ、あんまり間違ったことをマリーは言っていないぞ。 不思議な思いをしているうち、野菜の準備は整った。ぱちぱちと油の温度は上がり、衣をつけた野菜が投じられる時を、今か今かと待ち構えている。 三角巾をかむったエルフさんは、特等席である僕のすぐ前を陣取り、手順をしっかり覚えるつもりらしい。「べちゃっとなりやすくて、天ぷらって難しいんだよね。だから僕はあまり作らないんだけど、折角だから美味しく作りたいなぁ」「あら、どんな風に難しいのかしら? 味付け?」 いやいや、温度調整ですよ。 揚がりやすい温度は野菜によって異なり、そして衣と油の温度差も重要だ。要は温度をキチンと管理しないと美味しくさっくりとした天ぷらは出来上がらない。 ついでに面倒くさがりの僕は、衣がべたっとしないようマヨネーズを入れている。そうすると油分によって衣は固まり過ぎなくなり、さっくりと揚げやすくなる……気がする。「ふうん、試しに揚げるところを見せてちょうだい」「じゃあ始めるね。温度の低いうちは青紫蘇のように、揚がりやすいものを入れるんだよ」 冷やした衣を絡ませ、料理箸で放り込む。熱気を放つ油鍋は、青紫蘇を迎えて、シャッ!と小気味良い音を出した。 他の具材としては、先ほどの茄子、カボチャ、サツマイモ、しいたけ、アスパラなどがある。 どの季節でも、この野菜天ぷらというものを食べたくなる。 からっと揚げれば暑くても食欲は落ちず、癖の無いさっぱりとした味を楽しめる。ほんのりとした甘さ、それに歯ごたえは格別だろう。 ほどなくして青しそは揚げ終わり、ぱちちと音を残して油切りへと乗せられる。「こういう感じでね、適温を逃さず揚げてゆくんだよ」「うーん、少し掴めた気がするわ。私も手伝って良いかしら?」 どうぞどうぞと身ぶりで示すと、箸にすっかり慣れたエルフは野菜を投じてゆく。 重なってくっつかないよう注意をし、そしてふわっと匂いの出てきたところで取り出してゆく手つきはなかなかのものだ。「揚げた匂いに私もずいぶん慣れてきたわ。あとは温度に気をつけないといけないのね」「ああそうか、エルフは感覚が優秀だから、揚がりたてを掴みやすいのかな」 とびきり覚えの早い少女のこと、今が良い温度だと伝えるとすぐに学んでしまう。そしてふんわりと香る良い匂いに、部屋は包まれていった。