あら怖いと少女は呟き、くつくつ笑う。 有名なフルーツ店に行ってみたところ、ぎりぎり苺のショートケーキが残っていて助かったよ。白い箱からケーキを取り出し、持ってきた小皿へそれを乗せる。「あ、すごいわ。側面にまで輪切りの苺が……わ、ちょっと、全面にあまおうがあるじゃないの! どうやったらこんな綺麗に飾れるのかしら」「それが職人の技かな。さ、極意ともいえる味を楽しんでごらん」 マリーは興奮により頬を染め、勢い良く頷いてくる。 手渡したフォークでぷすりと大ぶりな苺を刺し、そして唇へ寄せ……さぷりっと瑞々しく千切れる音がし、彼女の眉はたまらなそうにハの字へ変えてゆく。「あまぁーいっ。んーーっ、あまおうはやっぱりフルーツの王様ね。これがあるから夢のなかでフルーツを食べる気にならないの」「果物には他に王様と呼ばれる物があってね、苺はさしずめお姫様というところかな」 もくもくと頬張り、彼女なりに王様の姿を思い浮かべていたかもしれない。とはいえ聞いて来ないのは、旬になれば僕が届けてくれると思ったのかな。……なんて、さすがにドリアンは口に合うか分からないや。「でも、どうして買ってきてくれたの?」「ずっと食べたがっていたからね。これはもう我が家のエルフさんへお届けしなければ、などと思いまして」 おどけて言うと、くすりと少女は微笑む。「あら、その心遣いには感謝をしましょう。そうね、どうやってこの気持ちを伝えたら良いかしら」 うーんと悩みつつ少女は苺をもうひとくち噛む。そしてクイクイと袖を引いてきたので顔を近づけると――かぷりと唇を食まれてしまった。 じゅわりと甘酸っぱい果汁が伝わり、柔らかな唇から一滴したたる。あまりの事に僕の心臓は大きく跳ねた。 細い指は胸のシャツを掴み、そしてより近づくよう引き寄せている。 不意打ちにもほどがあり、今もぷるりとしたマリーの唇を感じているせいで目眩を起こしそうだ。驚く僕の視界には目を細めた少女がおり、もうすこし口を開けてと囁きかけてくる。「うっ……く」 誘惑に負け、すこしだけ唇を開くと、かぽりと少女のものと重なる。 少女の唇の裏側にある感触に、かあっと全身の熱は高まった。それはいままで触れたことが無いほど柔らかく、甘く甘く、とろりと脳まで溶けてしまいそうなほど瑞々しい。 くらりとし、気がつけば僕はベッドへ倒れていた。「……あの、マリーさん?」「んふ、私からのお礼。気に入っていただけたかしら?」 気に入る、気に入らない以前に……甘くて美味しかったです、なんて言えないでしょう。外見は少女だというのに、年齢差が70年近くあるせいで弄ばれてしまうのか。 恨みがましく見つめたけれど、少女と黒猫は我関せずとショートケーキに舌鼓を打っていた。「わ、なにこのクリーム。うわ、おいしっ! ウリドラ、あなたの小さな身体で食べきれるか心配ね。友達として助けてあげましょうか?」「にうにう! にう!」 そんな様子を眺めながら、はああーと僕は人知れずため息を吐いた。 ……まいった。うちのエルフさんが艶かしすぎて、僕はもう倒れそうです。あ、もう倒れてるんだっけ。 子猫と言い合うエルフの横顔は、それはもう綺麗な笑みを浮かべていた。