「噂のワイバーンを一目見たいと思ったのですが、あたりには誰もおらず……それで、その、こんな朝早い時間であれば、少し中をのぞいても誰にも気づかれないだろうと思いまして」「……で、こっそりのぞいてみた、と。おもいきり中に入ってワイバーンに触れていたのは……?」「申し訳ありません! その、一目みたら帰るつもりだったのですが、まさか本当に藍色インディゴ翼獣ワイバーンがいるとは思わず……いえ、話には聞いていたのです。聞いていたのですが、あの凶暴な藍色インディゴ翼獣ワイバーンが人間に従うなどありえぬこと。おそらく誤報であろうと考えておりまして……」 ところが実際に見たら本物の藍色インディゴ翼獣ワイバーンだった。 それで好奇心がおさまらず、見るだけでなく厩舎にまで入り込んでしまったらしい。 事情を把握した俺は女性に頭をあげるようにうながした。「あ、いや、別にそこまで謝らないでもいいですよ。ワイバーンが大人しく触らせたということは、それだけあなたが気に入ったということでしょうし」 どう見ても身分が高そうな相手にいつまでも頭を下げさせておくのは、精神衛生上よろしくない。 すると、女性はほっとしたように顔をあげた。「寛大な言葉、感謝します。その寛大さに付け込むようで心苦しいのですが、一つうかがってもよろしいでしょうか?」「はい、なんでしょうか?」「このワイバーンの主はあなたとお見受けしましたが、相違ございませんか?」「はい」 俺がうなずくと、女性の視線が何かを量はかるようにすっと鋭くなった。 だが、それも一瞬のこと。すぐに眼差しを元に戻した女性は、俺が手に持った籠かごに視線を向ける。 俺は中の一つを取り出して相手に見せた。「ああ、これはあんずの実です。ワイバーンの朝食でして」「あんず、ですか? ワイバーンがこれを? 調理していないあんずは硬い上にとても酸っぱかったと記憶しているのですが……いえ、そもそも肉食のワイバーンが果実を食べるのですか?」「基本は肉なんですがね。以前の強烈な体験を経て、酸味の良さに目覚めたようなんです」