第126話 日本の夏ですよ、エルフさん 夏休みを迎えたばかりの生徒たちが通り過ぎてゆく。 休みの日にも学生服を着ているのは、部活帰りかもしれない。 社会人を迎えれば分かるけれど、その晴れ晴れとした顔はいつまで経っても羨ましく思う。ほんの少しだけ宿題をもらい、それ以外は好きに時間を楽しめるという夢のような期間だ。 誰からの目も気にせずに遊べるというのは彼ら学生だけの持つ特権だろう。 ここ江東区にも夏はやってきた。 太陽はアスファルトを焼き、道の向こうには陽炎が浮かび、青い空から紫外線は降りかかる。少し前なら僕も暑さに負け、部屋にこもっていただろう。いや、夏でも冬でも部屋にこもっていたかな。そのために快適な部屋造りをしていたのだし。「んー、あついわっ!」 しかし、両手をグーにして持ち上げるエルフさんを見ていると、外出するのも悪くないように思えてしまう。 入道雲を背景に、肩を露にした刺繍入り白ワンピース、そして買ったばかりの厚底な編み上げサンダルで商店街に囲まれた道を歩く。 真っ白い髪を両側へ束ね、幻想的な顔立ちと妖精じみた肌の白さ、そして宝石のように大きな瞳を向けてくる。正直なところ、いつまでも目で追ってしまうほど少女は愛くるしい。 まあね、多少は服を買いすぎている事を自覚しているよ。でも、どんな服でもマリーは似合い、そして嬉しそうな顔をしてくれるのだから財布の紐を縛るのもなかなか大変だ。「ねえねえ、日本の夏ってこういう感じなの? ねっとりした熱気が足元から来るのよ」 そうスカートをぱたぱた振りながら、少女――半妖精エルフ族のマリアーベルは問いかけてくる。 強い日差しへ惜しげもなく肌をさらす様子は、周囲の目を否応なく惹きつける。しかし少女はとっくに慣れてしまったらしく、相棒である黒猫を胸に抱き上げ、そしてこちらへ大きな瞳を向けてくる。「びっくりしたかな。これでもまだ気温は落ち着いているほうだと言ったら、日本の夏へ驚くかもしれないね」「んふふ、変な感じだわ。湿気のせいかもしれないけれど、いつもの江東区とまるで雰囲気が変わったみたい」 厚底サンダルのせいかいつもより目線は高く、少女の頭は僕の顎を越えている。 ぽいと黒猫を放ると「熱いっ!」とウリドラは跳ね、文句を言いたげな顔をして影へと回り込んできた。 やや寂れた商店街も暑さを避けるため水を撒いており、もわっとした熱気へ拍車をかけているようだ。