いちごが佐藤への想いを自覚したその日から。 めくるめく愛のメヴィオンライフが幕を開けた。 具体的には、sevenが何処へ行くにも何をするにも、時間の合う限り、フランボワーズ一世として共に付いていくようになったのだ。 いちごの生きがいは、メヴィオンの中においては、こっそりと観察することから堂々と観察することへとシフトしていた。 一方で、現実世界では、相変わらずこそこそと観察していた。まさかいつも一緒にいるフランボワーズ一世が隣の部屋の住人だとは、佐藤七郎は知る由もない。 いちごは、毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。 通学のため電車に揺られている間も、大学で講義を受けている間も、昼食代わりの「エネルギー補給MAX!」ゼリー飲料を握りつぶしながら飲んでいる僅か10秒の間でさえ、考えるのは佐藤のことばかり。 空虚に感じていた日常生活が、まるで絵具で色をつけたかのように明るくなったのだ。 センパイの前では、sevenの前では、本当の自分を出せる。ハゲたオッサンで女言葉を喋ろうが、気味悪がられることも、避けられることもない。その安心感は、何ものにも代え難かった。 いちごは、今まで何処か「演じていた」自分がいたことに気がついた。「本当の自分になれた」と思っていたフランボワーズ一世というキャラは、本当の自分だと思っていたその“男らしい男”のイメージは、ただの憧れだったのだ。「難儀やなぁ、ほんま」 全くもって難儀な性格をしている自分に、いちごは溜息をつく。 いちごは、佐藤に本当の自分の姿を見てほしかったのだ。そして、受け入れてほしかった。 sevenとフランボワーズ一世の関係だけでは、本当の自分を本当の意味で受け入れてもらったことにはならない。 それが欲張りな考えだと、彼は自覚していた。 それでも、もう自分でも抑えきれないほど、佐藤のことがどうしようもなく好きになっていたのだ。 ……だが、正体を明かす勇気など、いちごにはない。 ましてや告白など、できるわけがない。 男から告白されても、佐藤は困る。来る日も来る日も観察していたからこそ、いちごにはそれがわかってしまうのだ。 ――だから、せめて。 バーチャル世界の中でなら――。「そ、そっくりやな……」 試しに作成してみたサブキャラクター。 プレミアム課金アバターを使って、鈴木いちご本来の容姿そっくりに整えてみる。 木いちごの意味を持つラズベリーの後ろに、鈴の意味を持つベルをくっつけて、命名――ラズベリーベル。 木いちごと、鈴。合わせて、鈴木いちご。 それが、いちごの精一杯の勇気であった。 アパートの表札には「鈴木いちご」と書いてある。勘の鋭い人なら、気づくだろう。「まあ、気づかへんやろなぁ」 愛おしそうに微笑みながら、自分の分身を見つめる。 こっそり育成していこう。そして、いつか、いつの日か……。 いちごは、そう心に決めたのだった。