ポチは、小さく鼻息を吐き、困って見せる。「そしてアズリーは極東の賢者トゥースさんに会い、地獄のような訓練を二年間、毎日続けました」「あれを……」「二年も……」 リナとフユは知っている。 トゥースより指示された訓練を受けた事があるから。 そしてその苦痛を知っているからだ。「ご存知でしたか? アズリーはあれ以降、暇を見つけては肉体の鍛錬をしているんですよ? 少しはポチに構ってくれてもいいのに。そう思いませんか?」「うん、そうだね……」 リナは震えながら答える。 自分の知らないアズリーを、一番知っているポチ。 その話が、本当に嬉しいのだ。 リナとフユはポチの話を聞く。震えながら、泣きながら、時には困った顔を浮かべながら、そしてほとんど笑いながら。「ベイラネーアに戻って、ランクSになったら過去になんか行っちゃって、アズリーの使い魔ポチは、本当に大変だったでしょう。でもポチは、アズリーという存在に呆れた事はあっても、飽きた事はありませんでした。何せ……――――」 ポチは笑う。 目を真っ赤にしたリナとフユも笑う。 そう、ポチは決まってそう言うからだ。「――――本当にお馬鹿なアズリーですから」 リナとフユは、最後に涙を流し小さく頷く。「「……うん」」「そう、マスターはお馬鹿なんです。勝手に真っ直ぐ突っ走って、私を困らせるんです。そう、そうなんですよ……」 ポチが俯く。 まるで自分に言い聞かせるように。「そうなんです。最近私だけじゃ手に負えないんです。マスターお馬鹿だから、気付かないんです。わからないんです。だから……リナさん、フユさん。お二人にも協力して欲しいんです。お馬鹿で困ったマスターを。アズリーを助けてやって欲しいんです」 リナとフユは知っている。 ポチがどれだけ主であるアズリーを信頼しているかを。そしてアズリーがどれだけポチを信頼しているかを。 そんなポチが、困った笑顔を浮かべながらリナとフユに頼むのだ。 リナとフユは、それだけでわかってしまうのだ。そんなポチが困る程、アズリーのこれまでが、どれ程過酷だったかを。 ――まだ足りない。 リナとフユの心に過ぎったのはそんな一言。 フユが気付く。(そうか……) そしてリナも気付く。(だからガストン様やアイリーン様、バルン様は……走る事をやめないんだ……) リナとフユは見合う。 拳に籠めた力以上に強い瞳を向け合い、そしてポチを見る。「「はいっ!」」 強い意思を見せたリナとフユに、ポチは満面の笑みで迎える。「ありがとうございます!」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆「もー、聞いてくださいよリナさんフユさん! マスターったら起きた瞬間にガバっと抱きついてきてー、『ポチ! ポチー!』って言うんですよ! あ、これマスターには口止めされてるんでした! 内緒ですよこれ!」「何が内緒だ犬ッコロ」 ポチがピタリと止まる。 そして、まるで絡繰のように、首を、カチ、カチと声の方に向ける。「オ、オヤマスター……ワワワワタシノアイコンタクトツタワリマセンデシタ?」 ぎこちないポチの言葉をさらりと受け流し、アズリーの目は更に鋭くなる。「伝わったよ。けど、今こんな状況だし、しょうがないだろ」 するとポチはようやくアズリーの状況を理解する。 いつも羽織っているアズリーのマント。背中にあるはずのマント。これがアズリーの正面にまわり、グイと引っ張られているのだ。 正面に伸びるマント。その先端を握るのは……常成無敗のアイリーン。「そっちは大丈夫そうね」 アズリーが現れた時、リナとフユは目を逸らさなかった。 先頭を歩いていたアイリーンは、それだけで二人の回復とポチの功績を確認したのだ。