たっぷりとお勉強をしたあとは、美味しいものを食べるべきだろう。まあ、先頭には「図らずも」という言葉が加わるけれど。 運良く開いていたベンチを陣取り、桜舞い散るなか屋台の食事を頬張る。ふわりと時おり風が吹くと、それがまた新しい花びらを運んできた。 ほう、という息に振りかえると、少女はたこ焼きを口へ運ぶ姿勢で静止させている。きっと春の残す最後の光景に見入っているのだろう。「綺麗ねえ……桜って、怖いくらい綺麗」「そのぶん見入ってしまうね。ほら、のんびりしているものって見慣れてしまうから」 そう答えるとマリーはしばらく見上げてきたあとに、ぱくりとタコ焼きを食した。黒猫はというと、とっくに食べ尽くしており、彼女の膝に丸まりぐるぐると満足げに鳴いている。 ぼすんと少女は肩を当て、そして頭を乗せてくる。そのあいだもずっと僕を見つめているものだから、年甲斐もなくどぎまぎとしてしまうのを感じていた。「……顔にソースでも付いているのかな?」「いいえ、あなたを見飽きないか試していたの。一廣さんほどのんびりしている人はいないでしょう?」 時々、彼女は僕の名を「さん」付けで呼んでくる。 それが心臓をドクンと鳴らすことを知っているのだろうか。こうして吐息さえ届くような距離で、とても効率的に少女は囁いている気さえする。 きっと春の陽気のせいだろう。 ほっそりとした肩を抱き寄せ、つい薄紫色の瞳を覗きこんでしまった。「……はじめて日本を過ごしたとき、こんな景色の中だったわ」「そうだったね。とても綺麗な季節だった。あれからだいぶ経った気がするなぁ」 くすくすとエルフは笑い、もう少しだけ身体を寄せてくる。「でもね、あれからとても変わったの。あなたを知るたびに楽しくて、ふふ、見飽きるなんてできないわ」 いや、それはこちらの言葉だよ。 小さな女の子と思っていたけれど、日を追うごとに胸のなかを大きく占めてゆく。仕事に行こうと迷宮に行こうと、いつでも彼女のことを想うほどだ。「だから不思議。同じ桜だというのに、これほど違う景色だなんて」 ね、そう思わないかしら……。 そのように彼女は耳元へ囁いた気がした。 視界いっぱいにアメシスト色の瞳があり、どうしようもなく見とれてしまう。 と、鮮やかに色づいた唇へ、花びらが一枚乗った。「あ……」 こぼれた吐息が、どこか遠くから聞こえた気がする。 桜の舞い散るなか、輝かしいとさえ思える少女がなぜか瞳を閉じてゆき……。 ふわり……。 ひどく柔らかな感触に包まれ、それが彼女の唇だということに気がついた。遅れてするりとエルフは首筋へ抱きつくと、より深く僕たちは密着をする。華奢な身体は唇のように柔らかく、いつもより熱を放っているようにさえ思えるほど。 桜とエルフ、甘い香りに包まれて僕は夢でも見ているのかと思ったものだ。