むしろ旅路の途中が大変だからこそ護衛として側にいてほしいのに。 しかも、スピーリア領は早速明日旅立つはずだ。全然貸してくれる気ないじゃん。 こいつ、まさか、ケチなのでは……?「スピーリア領に滞在する間までと期限を決める理由を伺っても?」「ひよこちゃんの護衛を手配するように王都には連絡している。正式な護衛がそのうちここにやってくる。そうなれば護衛は交代だ」 え……? マジで? いつの間にそんな手配してくれてたの?「護衛といいますと、どなたがいらしてくださるのですか……?」「さあ、誰が来るかはわからない。人選は王都にいるアルベールに任せている。使えないものは送らないだろう」 ゲスリー、私のことなんて何も考えてないと思ってたのに、何気に護衛を増やすように手配してたってこと……!? いや、まあ、私が死んで困るのは王家だ。 それぐらいしてもいいのかな。でもゲスリーだからさ……。 そうして思いの外に動いていたゲスリーに驚 目が覚めると見慣れぬ天井、そして寝床は微妙に固い。 ちらりと視線を移すと背もたれが見えて、思い出した。 昨日はゲスリーと同じ寝室という止む無い事情のため、私はソファで寝たのだった。 それにしても意外と……普通に寝れた。未婚の男女が同じ部屋なんて! とか最初は思ってたんだけど……普通に寝たよね。 よくよく考えると、乙女として終わってるような気がしなくもないような……いや、深く考えるのはやめよう。 私はむくりと起き上がってクローゼットに向かう。 与えられたこの部屋はマジで広いので、中にウォークインクローゼットのようなものまであるのだ。 昨日はこの中で着替えも行ったわけである。 今日は、スピーリア領を観光するとゲスリーから聞いた。 王都から護衛がくるまでは、ゲスリーと一緒にスピーリア領を回って、婚約したんすよということを披露して回る予定らしい。 今日着る服は。動きやすいものでありつつも、王族の婚約者らしく趣味の良いものにした方が良いかな。 私は派手すぎず地味すぎない淡い水色のドレスをチョイスしてクローゼットから出た。 ちらりと天蓋付きベッドのあたりを見る限り、ゲスリーはまだ眠っているご様子。 というか天蓋つきなのに、カーテンを閉めてないので彼の無防備な寝顔が目に入った。 掛布団からはみ出している肩から上のあたりを見る限り、服着てないようにみえるんだだけど、下は穿いてるよね? まさか裸族じゃないよね? そう思いながら見る眠れるゲスリーの寝顔は悔しいけれど、非常に整っている。顔だけは。 知らなければ天使な寝顔のゲスリーを見ていると、こいつがゲスであることを忘れそう。 気づくと私はとぼとぼとゲスリーが眠るベッドに近づいていた。 それにしても、本当に、無防備に寝てらっしゃる。 もしここで、私が彼に剣を突き立てたら、どうなるだろう……。 親分は本気で国と戦争をしようとしてる。ゲスリーはその時親分にとって最大の敵になるはずだ。なにせこの国の最高の魔術師。 もし私がここでゲスリーを殺したら、親分は褒めてくれるだろうか。 また昔みたいに、あの無骨で大きな手で頭を撫でて……。 そこまで考えて、私はその吐きそうなくらい甘い妄想を振り払うために首を振った。 なんて馬鹿みたいなことを考えてるんだろう。 親分は私を殺そうとしてる。 私がゲスリーを殺したとしても、親分達は私を殺す。そして戦争を始めるつもりだ。 その方が親分達にとっては都合がいい。「あの線からこちらには入ってこないのではなかったかな?」 下の方からそう声が聞こえて、布の擦れる音がした。 どうやらゲスリーがお目覚めのようだ。「殿下が私の方に入るのは禁止しましたけれど、私がこちら側に入ることを禁止したつもりはありませんよ」 しれっとそう答える。 ていうかそうしたら扉がゲスリー側になるんだから私どこにも行けないじゃないか。「そうだったか。ひよこちゃんは口が上手いな」 そう言ってゲスリーは気だるそうに起き上がる。 すると思ったよりもたくましくて傷ひとつない綺麗なゲスリーの上半身があらわになった。 や、やっぱり、こいつ、服着てない! え、まさか下も穿いてない!? 下は掛け布団で隠れて見えないけど……。「殿下、服は……?」「服……? 寝るときは着ない」 裸族!! 戸惑う私に気づかないでゲスリーが布団から降りようとするそぶりをし始めたので、慌ててその肩を押さえた。「ちょちょっと確認ですけど、下は穿いていらっしゃいますよね?」「先ほど服は着ないと言ったつもりだが」 と、さっき言ったのにもう忘れたのか? とでも言いたげな呆れた目を向けてくるけど、いや、呆れてるのはこっちなんですけど! おまえ、こんなうら若い娘の前で、アレを晒すつもりか!? この痴漢!「そこから動かないでください。着替えを手伝う者をよびますから。絶対に動かないでくださいね!」 私は念押しすると、すぐさま振り返って脱兎のごとく扉に向かう。 あいつ、油断ならねぇ。危うく見せられるところだった。 私が扉を開けるとドアの前に立っていた護衛の人がいたので殿下が起きたことを伝えた。 ◆ ということで、滞在中の初日の朝に痴漢されそうになったけれど、他は特に問題なくスピーリア領での日々が過ぎていく。 というか、朝食を頂いたときに、伯爵夫妻の前で、殿下と同じ部屋で驚きましたわぁみたいなことをさりげなく愚痴ったら、把握してなかったみたいで急遽私の部屋を用意してくれた。 私とゲスリーが同じ部屋に泊まらせようとしたのは息子の独断だったらしい。 これなら、昨日のうちから告げ口してればよかったと強く後悔した。 ちなみに犯人の伯爵夫妻の息子は、「若い二人の大切な時間のために良かれと思って……」などと供述しておりました。 ということで二日目以降は、部屋も別になって一安心しながら、スピーリア領の有力貴族との会食なんかを行って滞在5日目にして、私の護衛の人が王都から来てくれた。 その数は七人。そしてその護衛のリーダーを見て息をのんだ。「ア、アラン……?」 そう、あのアランだ。私の幼馴染にして子分のアラン。「リョウ、元気そうでよかった。襲われたと聞いたから……心配した」 そう言って、少しやつれたような笑顔を浮かべるアラン。 深緑のフード付きの、ゆったりとしたローブを着たアランは、昔の面影も残しつつもすっかり大人っぽくなっていた。 戸惑う私の隣で、出迎えに出ていたゲスリーが前に出た。「誰がくるかとおもったら、君か。力のある魔術師だと聞いてる。よろしく頼むよ」 と普通の紳士みたいな挨拶をするゲスリーに、アランは短く返事を返すと恭しく頭を下げた。きつつ、護衛がくるまでの間カイン様をお借りできることに決まったのだった。