その表情を見るに、ようやく昼食のお店を選ぶという任務を思い出したらしい。 お腹をひとつさすり、それからマリーはゆっくり振り返る。じわりと瞳に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうだというのに、唇にはタレが付いているのがまた悲しい。「あ、ああ……っ」「マリー、気を確かにするんだよ。ご飯は無理して食べるものじゃ無いからね」 ハンカチで唇をぬぐってあげると、ひしりと少女は抱きついてきた。いつもならば少女からの柔らかい感触にドギマギする所だけど、今ばかりは「だから何度も言ったのに」という言葉しか出てこない。 ううー、と悔しそうに身を震わせ、胸のあたりから少女の涙声が響く。「なんて、なんてひどい策略なのかしら……っ。私の大好きな天ぷらなのに、肝心のお腹が拒んでしまうだなんて……!」 う、うん、可哀想にと背中を撫でてしまうけど、しゅわわーと良い匂いのする天丼屋さんの前だと何だかシュールだね。店員さんも不思議そうな顔をしているね。 よしよしと背中を叩いていると、こちらへアピールする女性もいる。 わしは、まだまだ、たべれるぞ。 そのようなジェスチャーをされても「駄目です」と首を横へ振ることしかできないよ。があん!という顔をされても、特殊任務を失敗したのなら報酬は諦めないといけない。 ただ、今回ばかりは罰ゲームで終えるのも可哀想だ。「じゃあ、今夜の夕飯は天丼にしようか。お店より味は落ちるだろうけど、大丈夫かな?」 そう耳元へ囁くと、ぱっと少女は身を起こした。 紫色の鮮やかな瞳を丸くし、そしてもう一度、甘えるよう首根っこに抱きつかれてしまう。柔らかな頬をこすりつけ、耳元へぽそりと「好き」と囁かれると……僕も少しだけ体温を上げてしまうね。 ただ、好きなのは天丼なのか僕なのかは分からなかったけれど。「ほれ、向こうで氷を砕いたデザートがあるようじゃぞ。かき氷と言うらしい」「……ウリドラ、夕食は、それで良いんだね?」 にこりと笑顔を向けると、黒髪美女は珍しくブンブンと首を横へ振った。 しかし、それにしても……。 ああ、やっぱり、甘いものには勝てなかったか……。 少女の手を引きながら、そんなことを思う僕だった。