「実は、妹がナルニア国物語が大好きで、そこに出てくるターキッシュディライトっていうお菓子を食べてみたいってずっと言ってたから、ロンドンのお土産に買ってきたんだけど…」「鳥肌が立つくらい、激甘なんだ」 困ったように笑う若葉ちゃんの言葉に続けて、寛太君がうんざりした顔で言った。なるほど。それで処理に困っているお菓子を私に出してくるとは。高道家での私の扱いが段々と雑になってきている気がする。「捨てるのももったいないから、なんとか減らそうとみんなで頑張って食べてはいるんだけどねぇ」「俺はもう無理」「私も…」「俺も…」「張り切って大きな箱のを買ってきちゃったから、全然減らなくて…」「ふぅん」 私は宝石のような可愛いお菓子をひとつ手に取る。「コロネが食べるのは、俺のノルマにカウントして」「あっ、ずるいよお兄ちゃん!」 激甘だというお菓子を巡って、兄妹ゲンカが始まった。そんなにか。見た目は求肥だけどねぇ。一口齧ってみる。……ぐっ。「甘いだろ?」 私は寛太君に無言で頷く。ぬおおおっ、あまりの甘さに歯がしびれるっ。そしてくどいっ。赤いから苺味だと思っていたら、この口の中いっぱいに広がる芳香剤のような匂いは薔薇か!薔薇ジャムを更に甘くしたようなお菓子をなんとか飲み下すべく、出された紅茶をがぶ飲みする。「吉祥院さん、紅茶もう一杯いる?」「お願いします」 まだ口の中が甘ったるい。さすが海外のお菓子だ。なんという攻撃力…。 う~ん、しかしなんとかこの甘いお菓子を上手く食べる方法はないものか…。あっ、そうだ! お砂糖代わりにこのターキッシュディライトを紅茶に入れてみたらどうかな。紅茶にジャムを入れるロシアンティーのアレンジ。。可愛いお菓子をお砂糖代わりに一粒落とすって、なんだかとってもおしゃれじゃない?うふふ、こういうちょっとしたアイデアで、センスって出るよね。 早速やってみる。ボトンと落としてスプーンでくるくる~、くるく…。あれ、おかしい。全然溶けない。ジャムなら溶けるのに、なんで?げっ、底にべちょっとへばりくっついたっ。うげっ、しかも白い粉も溶けずに表面に浮き上がってきた!なんか汚いっ。うわあっ。 私が必死にスプーンを動かしているのに気づいた寛太君が、「なにやってんだ、コロネ」と私の手元を覗き込んできた。「えっと、ロシアンティーのジャム代わりにね…」「うわっ、なんか浮いてる!なにやってんだよコロネ!」 声が大きいよ、寛太君!ほら、若葉ちゃん達にも気づかれちゃった。高道家のみなさんの注目が集まる。あぁ、視線が痛い…。「吉祥院さん…?」「いえ、これはその、ロシアンティーのジャムの代わりに…」「うん、そっかそっか。でもどうする?紅茶、新しいのに替えよっか?」 若葉ちゃんの優しさがつらい…。「食べ物で遊ぶなよなぁ、コロネ。それ、最後まで責任持って食べろよ」「…はい」 私は得体のしれない味に変わった紅茶と、底にこびりつく物体を口の中に流し込んで、なんとか証拠を隠滅した。ふうっ、失敗失敗。たまにはこんなこともあるよね。だったら他には…。「そうだ。ねぇ、隠し味でカレーに入れたらどうかしら?コクが出ると思うの」「却下」「溶かしてパンケーキに添えるとか…」「却下」「じゃあ煮物に…」「却下!」 私のアイデアは悉く寛太君に一刀両断された。ちぇ~っ、せっかく協力してあげようと思ったのになぁ。「口直しに杏仁豆腐でも作るか」 寛太君が立ち上がったので、私もレシピを教えてもらいがてらお手伝いを買って出る。材料は寒天に牛乳にお砂糖っと…。「あ、お砂糖代わりにターキッシュディ…」「却下!却下!却下ー!」 そんな冷たい目で見ないで、寛太君。もう言わないから。 寛太師匠に「だからすり切り一杯はちゃんとすり切れ!」と怒られながらも作った杏仁豆腐は、とてもおいしゅうございました。