と、そのとき浴室からカタンという音がする。お風呂からマリーがあがり、これからタオルで身体や髪を拭くのだろう。黒猫も同じようにそちらを眺めてから、くるんと丸い瞳を僕に向ける。「ではな、北瀬よ。おせっかいと言われても構わぬ。ふ、ふ、今宵ばかりは、おぬしの背を押そうと思うてな。それと、なかなかのご馳走であった。やはり赤身こそが至高じゃと再認識できたぞ」 そう目を線にしながら礼を伝えると、黒猫の姿は元の形に戻った。テーブルの上に残されたのは丸い首輪だけで、彼女の毛並みとよく似た黒い宝石がついている。それを指先で触れながら、今の教えの意味は何だったのか、僕は何を欲しがっているのか、ぼんやりと考えた。 長いことそうしていたのかもしれない。 ぱちんと部屋の明かりがついて、すぐそこに薄紫色の瞳を丸くする少女がいた。ほかほかと湯気をあげており、肩にはバスタオルをかけている。 まだ髪は濡れていて、丁寧にタオルで拭き始めながら普段よりも色づいた唇が開かれる。「どうしたの? 歩き疲れてうたた寝をしていたのかしら?」「ううん、少しぼうっとしていたのかも」 まさか猫から助言をもらっていたとは伝えられない。 ちりんと鈴を鳴らして黒猫は姿を消したが、その代わりにいつも見守ってくれる竜の声が頭のなかで流れた。