ああ、東からの風が気持ちいい。 雨季の名残りを感じさせるその風は、たっぷりの水分を含むものだ。熱を払い、おかげで僕のくたびれた身体はようやく動かせる。 クレーター状の砂丘へ飛び降りると、どふりと厚い砂の感触が待っている。その焼け焦げた爆発の中心点には、半ば砂に埋もれた金髪の男……勇者候補ザリーシュが見えた。 絶対防御障壁。 初めてそれを見たのは、彼の館でホラー的なお遊びをしている時だ。じっくりと眺め、それをウリドラと共に分析できたのは僕にとっての幸い、彼にとっての不幸だろう。 これは定めた領域へ侵入してきた存在を嗅ぎ取り、対物理、対魔術と相殺するための力場を放つものだ。 相殺ということは、攻撃を弾くと同時に障壁も傷つくことになる。しかし彼のレベルと相まって、ダメージが通ることは今まで皆無だったろう。 おそらく魔導竜ウリドラであれば、たやすく貫通できたと思う。しかし僕の場合は面倒だ。 一点突破のためにクロス状の傷を作る。これは自動迎撃されないよう、音速を超えた速度が必要だった。 そして死ぬ直前まで気力を振り絞ることで星くずの刃は、絶対防御の許容量を超えたエネルギーを爆発させる。 障壁による閉鎖空間、それにより内側へのダメージが跳ね上がることは半妖精エルフから教わったことだ。膨大な生命力を持つ彼を、そして絶対防御を持つ勇者候補を倒すには、たぶんこれしか道は無かったと思う。「やあ、しかし……驚くほど頑丈だね、君は」 半身を黒焦げにさせた彼は、片目を失った瞳でこちらを見上げた。 怯えきり、命乞いをするような表情をしているけれど、まさかそれは僕に向けているのかな。「なに、イブとの約束だから殺しはしないよ。その代わり、君の大事にしているものをいただこう」「~~……ッ? ………っ? ひぃっ!」 ぐり、と右手を踏みつけ、そして指輪へ触れると彼は悲鳴をあげた。硬く握り締めようとする指に、僕は小首を傾げてしまう。「おや、指ごと切り落として欲しいのかな。さあ手を開くんだ」「ふっ……、ふぅっ……、ふーー……っ!」 ぶるぶる震える指は、言いつけ通りに開かれる。 そこについている4つの指輪――反対側も含めると8つか――は、どうするのかもう決めてある。 ひとつひとつを外してゆく。 これは彼の生み出した最悪の技能であり、女性をただ束縛し続ける恐ろしいものだと思う。 というよりも、これが僕にとっての目標だ。 気を失っているとき取り上げることもできた。しかし、そうしたならば彼は血まなこで僕を追っていただろう。 だからこそ完全な状態で倒さなければ、このように彼の心を折り、平穏を手にすることは出来なかった。 余程の思いをしているのか、搾り出すような声を彼はあげた。「やめてくれ……それが無いと俺は……ッ!」「安心して欲しい。これは君の部下たちへ手渡すよ。どうするかは彼女たち次第だけど、ちゃんと接していたなら君へ返してくれるんじゃないかな?」「……ッッ!?」 まあ、たぶん壊すか捨てるかだろうけど。いや、そういえばウリドラも欲しがっていた気がするな……。 全てを手に取り、そして立ち上がる。 空にはもう雲は無く、この世界の雨季も終わりと告げていた。 久方ぶりに見る青空はまぶしく、傷だらけの身にも関わらず、つい魅入られてしまった。。