57 (よし、押し切った)好機であるいかに今が互角以上とは言え、シバの神速の持続時間はジークルーネより長い。さらにジークルーネも知らぬ奥の手を持っているやもしれぬ試合ならともかく、死合いで戦いを楽しむ酔狂さはジークルーネにはない。「はあっ!」ここで決める!そんな必殺の気合とともに追撃の突きを放つ。会心のタイミング。「なっ?」しかしその切っ先は、シバの刀の腹で見事受け止められていた。突きという点での攻撃を、刀の腹などという細い部分で防く完全にジークルーネの攻撃を見切っていなければできない芸当である「ふふつ、なかなか強くなったようだが、どうした?この程度か」「つ!?」ニィッとシバがロの端を吊り上げた瞬間、ジークルーネは背筋に強烈な寒気を覚え、慌てて跳び離れる。58ジークルーネのルーン《月を食らう狼》は危険を感じ取る能力が高い。その力が、最大級の警報を鳴らしていた。「…手を、抜いていたのか?」ジークルーネは忌々しげに顔をしかめつつ問う。戦士にとってそれは最大の侮辱である「抜いたというほどではないなかなか厳しい攻めだったぞ。だからこそ、どうせなら、互いに全力で雌雄を決したいではないか?」シバはトントンツと足を踏み鳴らす。彼の言いたいことはすぐにわかった。川辺からいつの間にか離れ、足場が良くなっている「…誘い出された、か」ジークルーネは苦虫を噛み潰したような顔でうめく。一歩間違えれば死ぬそんな状況でこんなことをする余裕があった。それはつまり未だ、彼との間にはそれだけの差があるということでもある 59「水に濡れた身体も十分に温まったろう?さあ、そろそろ本番といこうか」言うや、シバの身体から闘気が膨れ上がる対峙した時の圧が、先程までとは段違いであるまさにここからが本気だと言わんばかりだ。(まだここまで差があるのか…勝てるのか、こんな化物に思わず弱気が、ジークルーネの心をよぎる。多少なりとも近づいた感覚はあった。だが近づいたからこそ、より差を如実に感じる奥の手も通用しないのは、すでにわかっている勝機が、まるで見えなかった。 60ACT2「兄さん!」自らの天幕に戻ろうとしていたフヴェズルングに、背後から声をかけてくる者がいた子供の頃から聞き慣れた声であるなにより、彼を「兄さん」などと呼ぶ人間には、一人しか心当たりはない。「これはフェリシア姉上。よくお間違いになられるが、盃は貴女のほうが上ですよ」振り返ったフヴェズルングは、にこやかな笑みとともに、ことさら丁寧に言う。フェリシアがムッと眉にしわを寄せるこちらがからかっているのがわかったのだろう。「わかっております。ちょっと口が滑っただけです」「ちょっと?はて、すでに貴女の口からそれを聞くのは何度目だったか」「もうつ!にいさ…あつ、~つ!」またもや呼びそうになり、フェリシアは声にならない呻きをあげる。