「ローゼマイン様、その王族の紋章は外しておいた方が良いのではございませんか? 大変申し上げにくいのですが、お肌に触れていらっしゃる部分の鎖が少し傷んでいるように見受けられます」「え?」 わたしは王族の紋章のネックレスの首の辺りに触れてみる。ハンネローレの言った通り、金属のつるりとした感触ではなく、少しざらついている。錆びているような感触がして、触れた指先を見ると、金色の粉がついていた。 わたしは首を傾げながらネックレスを外す。ハンネローレの言う通り、留め金の辺りの肌に当たる部分だけが傷んでいるのが一目でわかった。「今日、いただいたところなのですけれど……不良品でも渡されたのかしら?」 首を傾げていると、ハンネローレが「ローゼマイン様の魔力が大きすぎただけですよ」と苦笑した。「それを身につけた状態で魔力を使いすぎたのでしょう。求愛の魔術具に使われている鎖部分は作成者の魔力でできているので、作成者を超える魔力で負荷をかけすぎるとそういうことになります」「それは、心当たりがありすぎますね」 ネックレスをつけてから国境門二つに魔力供給をして、転移陣を何度か使い、礎の魔力を染め変えた。短時間で魔力を使い過ぎたのだろう。それはすぐに納得できた。けれど、納得できないこともある。「あの、ハンネローレ様。このネックレスは求愛の魔術具なのですか? 求愛の魔術具は講義で習いましたけれど、相手の属性に合わせて作り、誓いの言葉を入れますよね? これは違うと思うのですけれど……」「ローゼマイン様、講義で作成したのは求婚の魔石ですよ。求婚の魔石は自分にできる最上の物を贈りますが、求愛の魔術具はその前の段階ですから、少し格を落とすのが普通です。誰が求愛したのかわかるように紋章や名前が刻まれていて、ほんのりと魔力が滲み出ているのが特徴になります」 わたしは驚いて許可証だと思っていたネックレスを見下ろす。魔力が滲み出ているとハンネローレは言ったけれど、わたしにはその魔力が見えない。どのように見ればよいのだろうか。後でフェルディナンドに聞いてみた方が良いかもしれない。そんなことを考えていると、クスとハンネローレが笑った。「講義の時にも何度か思いましたけれど、ローゼマイン様は成績優秀で何でも知っていらっしゃるのに、男女の機微やその間で行われることはあまりご存じないのですね」「勉強が足りないことは認めますけれど、他のお勉強と違ってフェルディナンド様が教えてくださらなかったのですもの」 お母様の恋物語を読んでもよくわからないことは棚上げして、フェルディナンドのせいにしてみたら、ハンネローレに困った顔をされて、護衛として背後に立っているレオノーレに「殿方が教えることではありません」と言われた。 ……まぁ、そうだよね。「ローゼマイン様、こちらに包んで革袋に入れておいた方が良いでしょう。王族の許可証を失うと困りますから」 わたしはハルトムートが笑顔で差し出した布を受け取って許可証を包むと、腰につけている革袋に入れた。大事な許可証がこんなに脆いなんて想定外である。 ……でも、求愛の魔術具か。何を考えてジギスヴァルト王子はこんな物を贈ってきたんだろうね? 王命ならば結婚は嫌でも決まるし、王命でないならば結婚する必要もない。求婚の魔石以外の物をわたしに渡す意味などないだろう。「待たせたな、ローゼマイン……。何だ、この有様は?」 アウブの執務室から魔石の全身鎧になって出てきたフェルディナンドはダンケルフェルガーの青いマントがひしめく廊下を見て、顔を一瞬引きつらせた。ダンケルフェルガーの騎士達はフェルディナンドの姿を見て、ざっと音を立てて廊下に整列し、跪いていく。「何故アーレンスバッハの城にダンケルフェルガーがこれほどいるのだ、ローゼマイン?」