王太子の紫の瞳が妖しくきらめく。美しさを通り越して剣呑なそれに、アウローラは「はあ」と不敬とも取られかねない声を上げ、フェリクスは一層の無表情になり、センテンスは「あー」と間抜けな声を出した。「何故、まじないがまじないとして成立したか。それは、極稀にとはいえ、効果を発揮することがあるからだ。効果を発揮するまじないを掛けることができる人が存在したからだ。彼女たちは次第に『まじない』や『占い』、『薬の生成』を仕事とするようになり、その手順が代々伝わるようになって『魔女』が生まれ、その知を『学べる』ようになったことで『魔法』が、そして魔法が系統だてられ学問として成立したことで『魔術』が発生した。――要するに、今ここにある刺繍にはその『魔法以前』のちからが込められていて……」「ストーーーーーップ! その話長くなるな!? 長くなるよな!?」 目を爛々と輝かせて滔々と、大学教授の講義のように語り始めた王太子を、センテンスが勢い良く遮る。ぎょっとするアウローラの耳元に、半眼になったフェリクスが小さく囁いた。(王太子殿下はこの話になると、非常に長い)(……まあ)「なんだよテンス、ここからがいいところで、」「打ち切れ! 本題を述べろ! 伯爵令嬢をいつまで鍛錬場に置いとくつもりだ!」「でもせめてこの研究の重要性を語るところまでは、」「明日になるだろそれ!!」(ちなみに今のは、誇張ではない)(………………それはそれは)「仕方ないな。……まとめるとだ」 何が仕方ないんだ、と今にも吠えそうな乳兄弟の目線を物ともせず、王太子はやれやれと肩をすくめてまとめにかかった。アウローラが明らかにほっとした表情を浮かべたことを、咎められる者は居まい。そしてフェリクスがこの上司へと強い尊敬の念を抱いたことも、避けられぬことである。「このタイには『治癒』の、シルクとリボンには『魅了』の、ハンカチーフには『守護』の『まじない』がかかっている。それはおそらく、ポルタ嬢が意識せず、『使う人間のことを考えたまじないを施した』からだ」 アウローラとフェリクスは思わず顔を見合わせた。アウローラは魔女ではなく、フェリクスこそが魔術師である。そんなフェリクスがアウローラから感じる魔力は、魔女を名乗れるほどの力を持っていない。訓練の末にようやく、ごく簡単な魔法を使えるようになるだろう、という程度だ。「ポルタ嬢の兄というのはルミノックス・イル・レ=ポルタのことだろう? 彼は確か、身体が弱かったな。だから、『治癒』のまじないはいくらか彼を助けただろう。そしてこちらのシルクは、ポルタ嬢の母上の髪飾りのためのものだと書いてある。『魅了』のまじないを掛けるのは正しいな。リボンも、幼子いえど女性の髪飾りであるから然りだ。そしてフェリクスは騎士であり、危険と隣り合わせの身であるから、『守護』のまじないが込められているのは納得の行くことだ。――この会見のために刺された刺繍に特にまじないがかかっていないのは、『これらに目的がないから』だろう」 魔法の話になると止まらない王太子は滔々と語り、ぽかんとしたままのアウローラに、魔力的で抗いがたい、優美な笑みを向けた。「つまり、ポルタ嬢は、魔女が魔女と呼ばれるようになる以前の魔女……研究用語で言えば『原始の魔女』の力を持っていると思われる。――というわけで、ぜひとも俺の研究に協力して欲しいんだよ」