俺はニルを無視して、眼鏡の女アルファの目を見て問いかける。 アルファは、こくりと、小さく頷いた。「彼女を家に送れ、あんこ」「御意に。主様」 瞬間、流れるように《魔召喚》する。喚び出されたあんこが闇に紛れてアルファに触れるとほぼ同時に、あんこは姿を消した。「な、何だ……!?」 ニルが驚く。直後――彼の腕の中からアルファの姿が一瞬にして消滅した。「うわあっ!? き、貴様、何をした!?」「知らん。彼女、何か用事があったんじゃないか? 帰ったんだろうきっと」「そんなわけあるかぁ! 突然消えたんだぞ!? どういうことだ!?」 何やら喚いているニルを眼前に、ちょうど60秒後、俺自身もあんこによって《暗黒召喚》される。 ――転移した場所は、湖畔の豪邸のリビングだった。「お待たせ。レモンティーくらいしかないんだけどいいかな」「え!? は、はい。ええぇ……?」 アルファは混乱している。 俺はキッチンで紅茶を淹れながらあんこを労って《送還》し、レモンを切りつつアルファに話しかけた。「砂糖は?」「あ、ええと、なしで……」 少し落ち着いてきたみたいだ。 リビングのソファに座らせて、対面に俺も腰かける。 俺は紅茶を一口含んで、ユカリのように美味しく淹れられていないことに気が付いた。「ヘタクソですまん。いつもは人に淹れてもらうんだ」「いや、その……ちゃんと美味しいですよ?」 アルファはふーふーと紅茶を冷ましながら眼鏡を曇らせて、ちびちびと飲んでいる。 そうして、しばらく。どこか心地良い沈黙が流れた。「……あのぉ。一閃座戦、大丈夫ですか?」 ……………………ヤッベェ忘れてた。次の開始は何時だオイ。 い、いや、しかし、折角ここまで格好付けたんだ、この動揺を悟られるわけにはいかない。堂々としなくては。「気にするな。そんなことよりお前、あのエルフと婚約したくないんだろう? 一つアドバイスを受けてみないか?」「それはまあ、はい、できることなら……しかし、ええと、アドバイスですか?」「ああ。これは勝つためのアドバイスではなく、負けないためのアドバイスだ」「負けないための……?」 今までの一閃座戦の二人からして、この世界のタイトル戦出場者たちは“基本”を知らない傾向がある。 彼女も多分そうだろう。ならば、教える価値は十分にあると俺は予想した。「簡潔に伝える。決して大技を使おうなどと思うな。相手と一定距離を保ち、壱ノ型で攻撃、参ノ型は最後の最後で奥の手の目くらましだ。相手の魔術は基本的に全力回避すること。これを徹底しろ」「壱ノ型が攻撃で、参ノ型が目くらまし……それって、逆ではなくて……?」 もう知ってるよ、なんて言われたらどうしようかと思ったが、どうやら大丈夫そうだ。「時間をかけてじわじわと削れ。辛抱強く戦え。決め手に頼るな。避けて避けて避けまくって、隙を突いてねちねち攻め続けろ。じきに相手は焦る。決めに来ようとする。そこがチャンスだ、なんて考えるな。ずっと、ずっと、こつこつちまちま壱ノ型だ」「それで……勝てるでしょうか」「半信半疑だな? 判定勝ちでもいい。時間切れ時点でより多くダメージを与えている方が勝ちだ。とにかく負けないことだけを考えて動け。壱ノ型を信じろ。叡将戦は、壱ノ型を制する者が制す」「……一つだけ。お聞きしても、いいですか?」「何だ?」「どうして、初対面の私に、ここまでしてくださるんですか? 貴方、すぐ一閃座戦もあるのに……叡将戦でも、当たるかもしれないのに……」 なかなか答えづらい質問をしてくれる。 何故だろう。気まぐれ? カサカリの件でイライラしていたから? 自分でもよく分からない。 ……そうだな。だが、ただ一つ言えることがあるとすれば――「その素敵なおっぱいに釣られて、つい」 こういうこったな。 アルファは、俺の酷く正直なセクハラを受け、くすりと笑って言った。「私、貴方を信じてみようと思います」