一度広まってしまったものを落ち着かせるのって、結構大変だ……。「うん、そうだな……。確かにどうにかしないといけない。対策を練らなければ」 そう苦々しくつぶやくバッシュさんは深く悩んでいるような顔をしてくれた。 でも……本気でそう思ってくれているのだろうか? 私は無言で、バッシュさんを見つめながら、神殺しの剣のことを思い出した。 最初、屋敷に戻った時に、バッシュさんにアレク親分の話をして、神殺しの剣を渡した。 その時、一瞬、バッシュさんは興奮したような、顔をしていた、と思う。 そしてバッシュさんはそのまま鞘から神殺しの剣を抜いて、その鈍い金属の輝きに目を細めた。 気のせいかもしれないけれど、その目がいつもの優しい感じじゃない気がして……。 その時のことを思い出しながら、ウヨーリの事を真剣に悩んでいる様子の目の前のバッシュさんを見ていると、バッシュさんは悩ましげに眉間にしわを寄せ、口を開いた。「それに、ウヨーリというのが奇跡の力で怪我を治すだなんて話がでてきてしまったばかりに、余計に熱狂的な人が増えてきた。確かにコウキの薬の効果はすごいものがあるが、あそこまで話を飛躍させてしまうとは困ったものだ」 私はバッシュさんの言葉に、そうですね、と相槌を打つ。 バッシュさんは、私が魔法を使って傷を癒したということを知らない。 薬で治したと言ってある。 最初、私は治療魔法のことをバッシュさんやグローリア奥様には説明する、つもりだった。 でも、コウお母さんは、魔法のことをバッシュさんに話すのを反対した。 バッシュさんにはまだ知られない方がいいと。 コウお母さんがそう言ったのが意外で、その時は少し驚いた。 私は、バッシュさんには知ってもらった方がいいかもと思っていたのだ。 もしウヨーリのことが広まって、生物魔法のことも王族に知られた場合、被害を受けるかもしれないのが、私だけじゃなくて、ルビーフォルンであり、その領地の領主であるバッシュさんにもなんらかの被害を受ける可能性がある。 だから、バッシュさんには伝えるつもりだった。 そして、協力しながら、ウヨーリ教の暴走を止めたり、私の魔法のことを知られないように、守ってもらいたかった。 でも、コウお母さんは反対した。『バッシュは、いい奴よ。真面目で面倒見もよくて、友達としては最高。でも、穏やかな見た目に反して、結構強かよ……。アレクとともにいたんだもの。アレクと同じように、腹の中では、強烈な何かを隠してる。リョウちゃんが思っているような行動をとらないかもしれない。……まだあの魔法のことは言わない方がいい』 コウお母さんはそう言った。 コウお母さんの言いたいことは、つまり、バッシュさんは、私を守る方向ではなく、利用しようとするかもしれないと言いたいのだ。 その時は、あまりにもそれが衝撃で固まった。 バッシュさんは私には常に優しかったし……利用されるかもなんて考えてなかった。 その時は、とりあえずグローリアさんやバッシュさんに打ち明けるのはやめたのだけど、でも、バッシュさんに限ってそんなことあるわけないって、思う気持ちが強かった。 ……でも、よく考えてみると、ウヨーリ教の広がり方の異常さは、果たしてタゴサクさんだけの成果だろうか?「リョウ君?」 自分の考えに没頭していると、目の前でバッシュさんが心配そうに私の顔をのぞいている。「あ! すみません! 少し、ぼーっとしてました」「ああ、すまない。帰ってきたばかりだ、疲れがたまっているだろう。報告ご苦労様。今日はもうゆっくり休んでくれ。本当によくやってくれた」 そう言って、いつもの朗らかな笑顔を向けてくれた。 いつもの穏やかそうな、バッシュさんだった。