「魔素ってなんだ?」「フィクション的には魔力の素、ですかね?」三好が即答したが、この単語は、異界言語理解を得た鳴瀬さんが、こちらの概念に置き換えた言葉だ。だから鳴瀬さんの語彙が多分に関係しているはずだ。「いや、鳴瀬さんのイメージを伺いたいんです」「そうですねぇ……なにか、ダンジョンの力を具現化するための要素、と言った感じでしょうか」アトムとかエレメントでも良いかと思ったんですけど、誤解されそうでと付け加えた。ダンジョンの力を具現化する要素、ね。dungeon atom.略してダンアム。うーん、人気のあったロボットアニメみたいだ。「ダンジョンの力を具現化するのなら、factorが良くないですか? D-factor。ラテン語の語源は『行為者』ですよ」「いいな、それ。採用」「あ、でも、今年の夏に発表された、Psychological Review に載ってますよ、D Factor」三好が検索したそれは、コペンハーゲン大とウルム大とコブレンツ=ランダウ大の合同研究チームが発表した研究で、ダークな性格特性に共通の因子のことだそうだ。Dark Factorなんだろう。「略語が被る事なんて普通にあるだろ。ATMなんか酷いもんだぞ?」「まあそうですけどね」「それで、AU10-0003によると、どうやらダンジョンはその魔素――Dファクターですか? を拡散するためのツールのようです」「え、それって大丈夫なんですか?」三好が不安そうな顔をして聞いた。「Dファクターが存在するとして、ですね。それ自体が人体に与える影響は、公衆衛生という観点から言うと特に問題は起こっていません」それはエクスプローラー全体の健康診断からもたらされた情報だ。そうでない人と比べたとき、病気の罹患率に有意な差はなかったらしい。「つまり、公衆衛生以外の観点から言うと、問題があるわけですね」「問題というか……芳村さんは、レベルが上がるとかステータスだとか、そう言うものについて、どう思われます?」「それは、探索者の強化とも言える現象について、レベルやステータスが関係していると思うか、という意味でしたら思いますよ。問題はそれですか?」「はい。とはいえ、エクスプローラーが特に攻撃的であるとか、精神的な影響を受けているという証拠はありませんでした。それは単に力が強くなったとか、体力が付いたとかそういうことだったのですが――」「度合いが飛びぬけていた」鳴瀬さんは大きく頷いた。「今や、ランキング上位の人達は、簡単に陸上競技の世界記録を塗り替えます」確かにそうだろう。AGI-200の今なら、100mを9秒どころか、たぶん2秒以下で走破出来そうな気がする。気をつけないと化け物扱いされかねない。「ダンジョン内外で起こる不可思議な現象が、そのDファクターのせいだとしたら、スキルオーブもポーション類も、それなしでは何も起こらないってことなのかもな」もしもそうだとしたら、ポーションの化学分析を必死でやったところで現象が解明できるはずがない。なにしろ現象を起こす本体は、その中にはないか、あっても化学的な成分ではたぶんないからだ。