ちちち、と鳥から突つかれ、朝方の爽やかな空気とともに僕は目覚める。 正確には青森で目覚めて学校へ行き、夜にはおじいさん、おばあさんと美味しい夕食をいただいてから眠ったのだけれど。 再出発かぁ。しかし、ここはどこだろう。 木の枝に胴が引っかかり、宙吊りにされているけれど昨日はたしか川に流された記憶がある。 だんだん目は覚めてゆき、頬へ触れる水滴、そして水の流れる音が聞こえてくる。吊るされている状態で、どうにか頭を上げるとすぐ目の前へ滝が見えた。 おっと、鳥も「きゅーい」と覗き込まないでくれるかな。丸い瞳は可愛らしいけれど、これでも僕は生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。 ん、ひょっとして上から落ちてきたのかな? 川の流れはすっかり落ち着いて、透明な水が段々の岩に当たって跳ねてくる。周囲は木々に囲まれており、7色の虹まで見れるという素敵な景色を見せてくれた。 と、そこでようやく話し声に気がついた。 とはいえ知らない言語であり、若い女性の声ということしか分からない。くるりと視線を下へ向けた瞬間に、僕の体温は急上昇する事になる。 びっくりした、女の子が水浴びをしているなんて。 突き出した岩盤へと座り、跳ねる水滴はちょうど良いシャワーになるらしく、るんるんと鼻歌混じりにその女の子は身体をみがく。 髪は見たことないほど真っ白で、同じくらい素肌は透けるような色をしている。わずかな膨らみへと髪の毛は絡みつき、そしてこちらへ向けたお尻は……わ、わ、見ちゃ駄目だ。 慌てて目を閉じたけれど、先ほど会話が聞こえた通り、他にも水浴びする者はいるらしい。 しかし話す内容は相変わらず分からない。数年がかりで共通語は覚えたし、この辺りの言葉も習ったはずなのに。 好奇心に負け、ゆっくり目を開くと、ようやくそれに気づく。 長く細い、垂れ気味の耳へ。 ――半妖精エルフ族! めったに森から姿を現さず、そして人との関わりを持ちたがらない一族だ。 それだけに宝石のように美しく、ひとたび目にすれば生涯忘れられないだろうという逸話を持つ。 しかし僕は知らなかった。 枝がもうすぐ折れることに。そして、少女が伸びをしてこちらを見上げて来たことに。さらには一族のなかで最も人間嫌いと言われている相手だということに。 めきっ! めききっ! ミシッ!! 逸話の通り、生涯忘れられないというのは本当だった。 それはそれは見事に輝く紫水晶の瞳、落下をし、つい抱きついた身体は妖精のように輝かしく、そのまま一緒に滝つぼへと吸い込まれてゆく瞬間まで――正直なところ頭をジンと痺れさせるほどに魅了をされていた。「きゃっ――……!」 ざぼおっ! ごぼぼと泡のカーテンへ包まれ、どちらが上かも分からない。必死に何かへしがみつくと、柔らかいものを両腕に、そして顔までも包まれる。 なんだろう、これ。 そのような疑問は、泡のカーテンが消えてゆくと知ることが出来る。しかし知らないほうが良いことも世の中にはあるらしい。 女性だと主張する膨らみ、そして鮮やかな色彩を見た瞬間、がぼお!と僕らは同時に泡を吐くことになった。 懸命に突き放してくる少女へ抵抗できるはずもない。 そうそう、もうひとつ知らなかったことがある。 エルフ族のなかでも屈指の才能を持つ彼女は、多数の水精霊を呼び出せるということに。 そのとき少女はエルフ語でこう言ったらしい。 水妖精よ、森へ侵入した人間を切り刻みなさい、と。 結果、あの魔物にやられる以上に服をズタボロの粉みじんにされ、僕は死んだ。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇