寝台にもぐりこんでいたミレーユは、びくりと身体を震わせた。 葬礼の儀まで日がないというのにわざわざ訪ねてくるなんて、おそらく誰かにミレーユのことを聞いたのだろう。入りますよ、と断る声が聞こえ、扉が開けられる。 「ミレーユ、寝てるんですか?」 「……」 寝たふりをしてやり過ごそうとしたミレーユだったが、毛布をめくられそうになり、ぎょっとして思わず逃げてしまった。 「あ、起きてるんですね。すみません。──どこか具合が悪いんですか」 リヒャルトは心配でしょうがないといった様子で追及してくる。これはごまかせそうにないと悟り、ミレーユは毛布をかぶったまま声を絞り出した。 「なんでもないの……。ただ、ちょっと……」 「ん? ちょっと、なんです?」 訊きかえしてきた声の優しさに、ぎゅっと目をつぶる。とてもじゃないが引きこもっている本当の理由は言えそうになかった。 (だって、どう話せっていうのよ。……他の人にキスされたなんて) あの後どうやって部屋まで帰ってきたのか記憶がない。気づいた時には寝台の中で呆然としており、聞いた話では日付も変わっていたらしい。 (なんだったの、あれ。なんなのよ、あの人……) 軽い調子で唇に触れてきたフィデリオの真意がまったくわからなかった。ミレーユにとっては、ああいう行為は軽々しく誰にでもしていいものではないからだ。 (ミレーユじゃなくてミシェルだったのに……なんで男相手にあんなことするの? からかわれたにしても、なんであたしにあんなに絡むの……もうわけわかんない) 何か意味があるのだろうか。だがいくら考えてもそれが思い浮かばなかった。 悶々としているのを誤解したのか、リヒャルトがそっと毛布の上から手を載せる。 「何かあったのなら話してください。一体どうしたんです?」 「……」 正直に彼に話したらどうなるのだろう。以前レルシンスカの手紙を誤解してものすごく怒った彼のことだ。他の男とキスしたなんて話せばあの時以上に怒るだろうし傷つくだろう。 (そうよ、それでもって婚約式も中止になって、アルテマリスに帰らなきゃいけなくなるかも……) それだけは絶対に嫌だ。ミレーユは一気に青ざめ、ぶんぶんと首を振った。 「なっ、なんでもないのっ。ほんとよ、いつもどおり元気だから!」 「いや、でも──」 「なによっ、元気だって言ってるでしょ! ただちょっと、食欲がわかないだけなの」 「え……、食欲が……!?」 リヒャルトはそれきり絶句した──と思ったらいきなり毛布ごと抱き上げられて、ミレーユは仰天した。 「大変だ……! あなたの口からそんな言葉が出るなんて、重病じゃないですか」 「はあっ? それどういう意味……ぎゃっ」 リヒャルトは本気で言っているようだ。長椅子に腰をおろした彼は毛布にくるまったままのミレーユを膝に乗せて抱きしめた。 「ロジオン、すぐに宮廷中の侍医を呼べ! 大公妃が急病だ」 ロジオンが猛然と駆け出て行く音が聞こえ、ミレーユは慌てて毛布から顔を出した。 「ちょっ……待って、違うのっ、ごめんなさい今のはうそよ! 謝るから、ちょっと待ってえ──!!」 ろくに仮病も使うことができない立場になったのだと、ミレーユはこの夜しみじみ思い知ったのだった。 翌日、ミレーユはどんよりしつつも作者捜しに赴いた。 これ以上寝台に引きこもっていては、無駄に周囲の心配をあおるだけだ。何より第三試験の期限が刻々と迫っているし、おちおち落ち込んでばかりもいられない。 フィデリオに会うのではと思うと騎士の間に行くのは嫌だったのだが、彼は大公家の一員として葬礼の儀に臨むため騎士団には出てきていないということだったので、少しほっとした。 「あ……。まとめたやつを持ってくるの忘れちゃった」 手元の紙をめくりながらつぶやいたミレーユに、付き従うロジオンが声を落として応じる。 「誰かに取ってこさせましょう」 「でもあたしの寝室に置いてあるの。他の人は入れないし、自分で取りに行くわ」 ミレーユはのろのろと立ち上がった。声にも我ながら張りがない。それに気づいたのかロジオンがやんわりと制した。 「では私がまいります。寝室にはアンジェリカに入らせますので。ここで彼らとお待ちください」 彼は周囲に舎弟らがいるのを確認し、ミレーユが礼を言う間もなく騎士の間を出て行った。