彼はそうやっていつも守ってくれているのに、自分は彼が苦しい思いをしたことにも気づけなかったかもしれない。今のこの状況は偶然ここを通りかかったがために知り得たことなのだ。そう思ったら、すぐにでも走ってリヒャルトを追いかけていきたくなった。 「……その悲惨な話って、どんな話だったんですか……?」 ぎゅっと拳を握って訊ねるミレーユをジャックは黙って見つめたが、やがて首を振った。 「大公命令で口外できないことになっている。──たとえ命令がなくとも、私自身がおまえに聞かせたくないんだ。すまんな、ミシェル」 ぽん、と軽く頭をたたかれる。その掌と声の優しさに、どれほど辛い話だったのかがわかってしまって、ミレーユは悲しくなった。 その日はとても調査を続ける気になれず、部屋に戻ってリヒャルトに手紙を書いた。しかし彼は急に忙しくなってしまったとのことで、夜になっても訪ねてはこなかった。 (大丈夫かな……。それでなくてもかなり疲れてるみたいだったし、仕事のしすぎなんじゃないかしら。ここに来てゆっくりしてほしいのに) よほど時間がないのか、手紙の返事も来なくなってそのまま二日が過ぎ──。 やきもきしながら手記の作者捜しに励んでいたミレーユのもとへ、思わぬ訪問者がやってきた。 「突然申し訳ありません、姫。お返事くださってありがとうございます」 礼儀正しく挨拶したフィデリオに、ミレーユは緊張気味にうなずいた。 話したいことがあるから会ってもらえないか──そう連絡が来たのは今朝のことだ。シャルロットとの一件があってから彼のことは要注意人物として警戒していたミレーユだったが、逆に言えば探りを入れられる良い機会かもしれないと思い直し、会うことにした。 正装姿で花束をたずさえてやってきた彼は、以前ミシェルとして会った時とはまた別人のように紳士的だった。 「お勉強の邪魔をしてしまいましたか?」 「いいえ、大丈夫です。休んでいたところですから」 本当は手記の作者をいぶしだすために罠第二弾をしかけようと画策していたのだが、リヒャルトのことが気になって実行に移せずにいたのだ。 (話って一体なんだろ? 今までこんなことなかったのに、わざわざ会いたいって言ってくるなんて)