両手で万歳をして、きれいな笑顔を見せてくれると僕まで嬉しくなってしまうね。そのまま頭を抱えられて、偉い偉いと撫でてくるのは、まるで犬かなにかになった気分だ。ただ有給休暇にすると決めただけなのにね。 お休みとなったことで目をぱっちり覚ましたらしく、白いネグリジェ姿のマリーはいそいそとベッドから降りてゆく。伸ばされた手を掴むと、自然と僕も起き上がった。「じゃあ今日は何をして過ごそうかしら。お部屋でゆっくりしてもいいし、一緒にお出かけをしても……あら、本当に体調が悪かったのね」 ずるーっと床に崩れていく僕を見て、そんな意外そうな声が上から降ってきた。 そうみたいだねと元気のない声で返事をしながらどうにか起き上がると、そのままテーブルの椅子に座る。 そしてマリーがスマホを運んできてくれたので、本日は体調不良によりお休みをする旨を伝えることにした。「送信、っと。じゃあ顔を洗ってくるから、朝食の準備を進めてもらっていいかな?」「もちろんいいわ。あなたは転ばないように気をつけて。それと鏡を見ても驚かないで頂戴」 いやほんと足がフラついているし、うっかり転びかねないぞ……って、ん? 鏡ってなんだ? もしかして顔に落書きでもされているのかな? そういえば前にも似たような症状になった記憶があるけれど、あれはなんだったっけ? 11月の半ばになると朝はだいぶ肌寒い。部屋の空気には冬の気配が訪れており、戸を開けた先の洗面所も薄暗かった。 蛇口をひねると冷たい水が流れてきて、そろそろお湯にしたいなと思うようになってきた。 さっさと目を覚ましたいのでそのまま顔を洗い、手元のタオルでごしりと拭く。そして鏡に映るものを見て僕はゆっくりと目を見開いていった。 肩を掴んだ半透明の指は小さくて、視線をだんだん上に向けていくと大きなあくびをする女性が宙を漂っていた。 重力の影響を一切受けていないように長い髪を空中に漂わせており、そしてまだ眠いらしくて肩に頭を乗せると息をひとつ吐き、瞳をだんだん閉じていく。 中世的な衣装も身体も無重力らしく、しっかと肩を握ったまま青空色の瞳は線になるまで閉じられた。 器用にも宙で眠ることに慣れているのか心地よさそうであり、身体を丸めながら衣服や髪とともに浮かぶ。揃えられた脚と、そこにかけられていたローブもふわりと浮いてゆき、真っ白な太ももの肌を露出させていく様子に……慌てて視線を逸らす。 それから洗面台をがしっとつかんで僕はうなだれた。 ああー、これだ。 身体が重かった原因はこれだった。 疲れていたわけじゃない、憑かれていたんだ。 すやすやという寝息が首に触れてきそうだけど、これはちゃんとした幽霊であって呼吸をしているわけでは……いや、ちゃんとしたってなんだ? ちゃんとしてないのもあるのか?