こうした研究状況をふまえた上で、本稿では足穂のテクスト のなかでもっともよく知られた小説であり、かつまた、初期と 中期の創作方法の結節点でもある『弥勤』(昭和十四1 二十一 年)をとりあげたい。『弥勤』はこれまで「一種の哲学小説」、 あるいは「ニルヴァ l ナの物語」といった小説の枠組みが提示 されるばかりで、実際に詳しくテクストを検討する試みは手薄 であった。以下、『弥勤』が二部構成となって完成した小山香 庖版を中心にして、幾つかのヴアリアントと比較検討し、これ まで全くふれられることがなかったにもかかわらず、思想的枠 組み以上のものを与えている、『ショ 1ペンハウエル随想録』 との関係を軸に、具体的に考察していく。さらにまた、看過さ れてきた改稿の問題を検討することによって、足穂の初期から 中期における小説形式の変化を前景化するとともに、改稿によ る物語構造のドラスティックな転換や、当時の足穂の自己認 識、あるいは宗教観に関わる大きな態度変更をも見出すことが 出来るはずである