栄二 そんなこと……知るもんか。けい この間ね、魚屋の新ちゃんが行きちがいに私の手を握ったのよ。新ちゃんて人、八百蔵やおぞうに似てるって、うちの近所じゃお内儀かみさんたちが大騒ぎしてるのよ。私、あんな人好きじゃないわ。魚屋のくせにちょびひげ生はやしてとても気取ってるの。おかしくって……。あんた、女の子の手握ったことあって。栄二 そ……そんなことないよ。けい そお、私だって男の人に手なんて、握られたの初めてよ、とても変な気のするものね。身体中の血が、一ぺんにぶくぶくって煮え返るんじゃないかと思うくらいよ。ふふふ。私、新ちゃんを突きとばしてうちへ逃げて帰ったけど、慌あわてて台所の鉄瓶蹴とばしてしまったわ。うちのおばさん、怒って物さしで私の頬っぺた二十もぶったけど私、痛いとも何とも思わなかったくらいよ。栄二 おい、そんなに傍によるなよ。お前、どうして僕にそんな話するんだ。けい あら、あなた、私が怖いの? 何故そんなにおっかなそうな顔するの。(笑って)なにもしやしないわよ。あんたなら、私の手、握ったって、私じっとしててよ。ほら……。(すり寄る)栄二 こら(つき飛ばして)彼方あっちへ行け!