< イヴ > 万能メイド隊には「十傑の中で一番ヤバイ」とメイドたちの間で噂されている“白い悪魔”と呼ばれるメイドが存在する。 ユカリ直下の十人のうちの一人、イヴという名前の少女である。 いつ如何なる時も無口かつ無表情、まるで人形のようだった。その人間離れした美貌と相まって、一部では「操り暗殺人形」と呼ばれていたりもする。 そう、彼女は万能メイド隊が誇る一流の“暗殺者”であった。 泣く子も黙るのが『エル隊』であったとすれば、泣く子が物理的に黙るのが『イヴ隊』である。 それも……音もなく、誰も気付かぬ間に、一瞬で。そして、痕跡も、死体も、永久に見つかることはない。 そのように、イヴ隊はエル隊とはまた違った意味で一目置かれていた。その隊長こそが白い悪魔イヴその人なのである。 メイド長のユカリを除き、メイドの中で一番強いのは誰かと道行くメイドに問うてみれば、十人中九人がこう答えるだろう――「それはイヴ様でしょう」と。 それほどに畏怖される存在。 今回は、そんな彼女に焦点を合わせてみる。 悪魔憑き――それが私のあだ名だった。 友達はいない。知り合いもいない。会話するのはパパとママだけ。 いつも家に閉じこもっていた。その方が良いって、パパもママもそう言っていた。 それでも、外から聞こえてくる。私を呼ぶ声が。叫び声が。「出ていけ悪魔憑き」――と。 あの日の夜。パパとママは、外に出ようと私を誘った。初めてのことで、私は戸惑った。でも、二人はいつもの笑顔だったから。私は少し嬉しくなって、二人に付いていった。 村人全員が私たちに罵声を浴びせる中、私は馬車へと乗せられた。 二人は付いてこない。小太りのおじさんから、何かを受け取っていた。見たこともない笑顔だった。 馬車が出発する。罵声は止まない。パパとママは向こう側にいる。ああ、そうか。私は気付いた。売り払われたのだと。 裏切られた? そうかもしれない。悲しかった? 多分そう。 でも。その時の私には、よく分からなかった。 後になって分かったこと。 私は他の人と違う。肌が白い。髪も白い。目は赤い。それはとても怖いことらしい。まるで悪魔みたいに。 後になって分かったこと。 パパもママも、私と距離を置いていた。必要以上のことは喋らないし、いつも事務的で、ぎこちない愛想笑い。二人が唯一会話する相手だったから、それが当たり前だと思っていた。変なの。 後になって分かったこと。 今年で17歳。ご主人様と同い年。私の人生は、どうやらこれから始まるようだった。「1.事前調査。2.スピード。3.死体処理。暗殺の出来はこの3ステップで決まります」 どうもイヴです。今日はユカリ様による暗殺講義、私はこれで19回目の受講だよ。もちろん皆勤賞。今回は初参加が多いから復習みたい。私は目が悪いので、一番前の席に座ってます。 出席者は十傑全員と、他には私の隊の子が全員、見たことない顔の子が数人。皆、すごく集中して聞いてるなぁ。「調査は根気との勝負です。空気に溶け込み、決して目立たず、誰にも顔を覚えられることなく、対象の情報を根こそぎ収集します。これには向き不向きがあるでしょう。私などはダークエルフですので向いていません」 そう、私も向いていない。だって真っ白だもん。「暗殺のスピードは技術と経験です。音もなく声も出させず一瞬で確実に殺す。これには暗殺術や糸操術などのスキルを用いると良いでしょう。ポイントは気負わないことです。玉ねぎを半分にするように、ニンニクを包丁の腹で潰すように。出来て当然のことを当然に淡々とやりなさい」 ユカリ様、お腹すいてるのかな……?「死体処理は、組織立って行うことが理想です。数人で協力して、埋める、刻む、焼くなど。計画を立てて確実に遂行しなければなりません。そして必ず敷地の外で、誰にも勘付かれずに行いなさい。ご主人様にご迷惑をかけるようなことはこの私が許しません。また死体処理が必要のない場合は、その場から早々に去ることを心掛けなさい」