「ああ。いわゆる、育児放棄ネグレクトってやつだ」「!」 俺は固唾をのんだ。 あの優しそうな初音さんが育児放棄をしていたなんて思わなくて。「だから友美恵も気にかけていて、まめに様子をうかがってたんだがな。さすがにそんな状況になっては、友美恵もきつく叱らざるを得なかった」「きついなんてとんでもない~、真剣に言い聞かせただけですよ~」 真之助さんの言葉をやんわり否定して、友美恵さんがお茶をすする。「まあどっちでもいい。娘が入院して、その時から初音さんはまっとうな母親へと変わったと思う」「そうね~、貸してあげた治療費なんかも、律義に返してくれたしね~」「その後、初音さんは娘さんと店へ食べに来るたびに、少しづつお金を返してくれてな。全額返し終わった後に、『これからは正真正銘の親子として生きていきます』って宣言してったのを、今でもはっきり覚えてるぞ」 ふと後ろを見ると、ナポリたんはスマホをいじりながら、離れたソファーの上で寝ころんでる。 少ししか離れてないのに、あっちとこっちで空気の密度が異様に違うわ。話題がヘビー級どころかアナコンダ級だって。 ――なるほど。『私もやっと、本当の母親になれたんですから』 初音さんのその言葉の意味を、ようやくおぼろげながら理解できた。 まあ、理解できたふりはそのくらいにしておいて。 初音さんも、おそらくそこで改心できるくらいなんだから、もともとはそんなにダメな人間じゃなかったはず。 そんな人が育児放棄をするくらいに荒れた原因はやはり──「──ところで、初音さんって離婚してこの街に流れてきたんでしょ? 離婚の理由とか相手のこととかわかります?」 真之助さんは俺の問いに一瞬戸惑ったが、友美恵さんが代わりに答えてくれた。「あ~、浮気がどうとか、信じていた相手に裏切られたとか言ってたのは聞いたわね~。詳しく知らないけど~」 なんとなくその一瞬だけ、友美恵さんの眼光が厳しくなった気が……いや、真之助さんがとなりで肩をすくめている。気のせいじゃないかもね。 ここを詳しく尋ねるのはやめといたほうがよさそう。考えるな、感じろの世界だ。 ………… それにしても、かなり踏み込んだ話が聞けたな。なんとなく白木家の事情も分かってきた。 だからと言って俺は何もできない。しようがないと言ったほうが正しいのか。「ま、まあ、初音さんの話はそのくらいにしてだ。祐介、聞いたぞ。大変だったようだな」「あ、はい……」 真之助さんの話題方向転換がこちらへ向いてきたので、思わず夜まで生返事。「いろいろ言いたいことはあるだろうが、美良乃も孝弘君も本気で反省しているようだし、許してやってくれ」