少なくとも今までは爽やかで紳士的な印象があったのだが、目の前にいる彼の言動からは奔放さばかりが感じられる。 つい気になって見つめていたら、彼のほうもじぃっとこちらを凝視してきた。はっとしてミレーユは目をそらしたが、なんとフィデリオの手に顎をとらえられてしまった。 「なっ……!?」 「あんた──女の子? 唇が可愛すぎるし」 「!!」 固まるミレーユの唇を、彼はぷにぷにと指でもてあそぶ。躊躇いのない、かつ素早いその動きに誰もが凍り付いた。 「なわけないか、騎士団にいるんだもんな。はは、ごめんね、ミシェル先輩」 あっさりと意見を翻し、彼は人懐こく笑いかけてくる。しかしミレーユがなおも反応できずにいると、いきなりバッと両手を広げた。 「でも可愛いから抱きついちゃおうかな!」 予想外すぎる一連の言動に、ミレーユは仰天して後退った。 (ちょ、なんなのこの人──っっ!?) 一体誰なのだ、このフィデリオの仮面をつけた軽薄男は。 しかし悲劇が起こる寸前、ロジオンがすばやく目の前にたちはだかった。勢いあまったフィデリオはそのまま彼に抱きついてしまい、うわっと叫んで飛び退いた。 「お、おまえ、ロジオンっ? 何してんだよ」 咄嗟に反応できなかった周囲が動揺して目を瞠る中、ロジオンは淡々とした中にも凄みを感じさせる目をしてフィデリオを見つめている。 「フィデリオ様。何かに抱きつきたい時には、ぜひ私の身体をお使いください」 「は!? 何言ってんだ、おまえ」 「お願いします」 ずい、とロジオンが真顔で迫る。最初の唇攻撃を防げなかったからか、その表情には鬼気迫るものがあった。 「そ……そうっすよ、抱きつくならぜひあっしにしてくだせえ!」 「いやっ、むしろあっしでお願いします!」 「ふざけんなてめーら、アニキの身代わりになるのはこのオレだ! おら、さっさと抱きつけよてめーッ!」 自分たちの役目をようやく思い出したらしく、舎弟らが我先にとミレーユの前に出てくる。誰が一番に抱きつかれるかで争い始めた彼らをフィデリオはたじろいだように見ていた。 「な……なんなんだよ、気持ち悪いな……。皆さんそういうご趣味なの?」 無茶苦茶な撃退法だったが、どうやら効果はあったらしい。心に痛手を受けたのか、彼は「あー、むさい野郎なんか抱きしめてしまった……」とうめきながらよろよろと騎士の間を出ていった。 見送った一同は、扉が閉まったのを見てようやく安堵のため息をついた。 「危なかったな……。咄嗟にごまかしたけど、彼には君の二重生活のこと言ってないんだよな?」 「う、うん。ありがとう、アレックス。助かったわ」 うなずきながらも、ミレーユは少し引っかかっていた。 (気のせいかしら。あの人のあたしを見る目、なんか変だったような……)