「たた、た、食べてみるわ!」「え、心配だなぁ。一口食べてみて、無理なら諦めて良いからね」 両手を握りしめ、少女はこくりと頷く。けれどこればかりは味への反応が予想できなくて心配だ。せめてもの匂い消しに卵としっかりと混ぜ、そして青ネギを散らす。こうして食卓にはごく一般的な朝食は並ぶことになったが……平気かな? 少女が箸につまむと、とろーり糸が垂れてゆく。 おうふ、と頬を引きつらせたのは、どう見ても腐っているし実際に腐ってるからだ。「ご飯にかけて食べるんだけど、少しだけ試すようにね」「これを私の好きなお米に、かける……? ひょっとしてとんでもない過ちを犯そうとしているのかしら」 いや、これは見ているだけで緊張するね。 どっく、どっく、と心臓が響くなか、とろーり腐りたての納豆はご飯へちょんと乗せられ……ああ、大丈夫かな、心配だな。 そわそわしつつ見守っていると、マリーは箸に乗せた納豆ご飯を近づけてゆく。黒猫なんてさっきまでテーブルの椅子に丸まっていたのに、瞳を見開いて少女を見上げているからね。 もし猫が話せたなら「それを、食べる、だって?」と言っていたと思う。こちらをバッ!と向いてきたのは「まさか貴様、裏切ったか!」という意味なのかな。猫語は分からないけど別に裏切ってないからね。 どっく、どっく…………ぱく、りぃ、っ。 マリーは目をつむって口のなかへ放り込み、じっくり咀嚼してゆく。ぱっと口を押さえ、椅子からガタリと立ち上がりかける様子には魔導竜、そして僕でさえ冷や汗をドッと流した。 のだが……。 んぐ、んぐ、という咀嚼をするたび、少女の眉はいつもの形へと戻ってゆく。不思議そうに味を確かめ、天井を見上げたり、納豆の小鉢を覗き込んだりしてからようやくゴクンと飲み込んだ。「あれ、ん? 腐ってる、けど、んー……普通に美味しいわ」「え、ああ、そう、良かった。良かったねぇ!」 いやぁーー、ひと安心だ。 あのままトイレまで駆け込ませていたら、会社に行っている間も罪悪感で堪らなかったからね。「どうしたのかしら、2人ともそんなに汗をかいて?」「ん? うん、気にしなくて良いんだよ。最初から口に合うと思わなかったからさ」 ふうんと不思議そうな顔をしつつ、白米に半分ほど納豆を少女はかけた。どうやら朝食のひとつとしてエルフさんに認められたらしい。よかったねぇ、小粒納豆君。「なにかしら、味わい深いけれど妙に粘りとコクがあって……あら、匂いが気にならなくなってきたわ」「食べると匂いに慣れるらしいよ。それじゃあ僕もいただこうかな」 ちらりと黒猫を見ると、ぶぶぶと首を左右に振られてしまう。いらないという意味らしいけど、さすがに猫へ納豆は無理じゃないかなぁ。ほら、口の周りをベタベタにしてしまうだろうし。 そういうわけでウリドラには、ふりかけを乗せた白米、そしてベーコンエッグをお皿に乗せている。かつかつと美味しそうに食べ、特に卵の絡んだベーコンには目を細めている。けれど、これは使い魔だから許される食事だ。「納豆を使ったレシピは幾つかあるんだけど、僕はそのままが一番好きかな」「んー、匂いだけ気になるけれど、すごくお米と合うわねぇ。あ、お味噌汁おいしー」 ずず、と納豆とお味噌汁に目を細めるエルフというのも珍しいかもしれない。まあ、我が家のエルフさんはどこか変わっているからね。「今朝は起きるのが遅れたから、昼食は自分で作れるかな?」「もちろん構わないわ。このあいだ教わったオーブン料理を試してみたかった所なの。子猫ちゃん、栄えある試食第一号はあなたよ」 ぴっと指を向けられた黒猫は嫌そうな顔をし、もそもそと小鉢に顔を突っ込んだ。