「――動くな」 不意にかけられた声、首筋にあてられた冷たい感触に、おいらの体は硬直した。完璧なタイミング。そのまま殺されても、声一つ出せなかったに違ぇねえ。「な、何ですかい? あっしに何かご用でも?」 哀れな物乞いを演じる。ここはカメル教会の裏。教会と物乞いはセットだ。ボロのローブで顔を隠していても目立たねえ。木を隠すなら森の中。それも王国中の教会を転々としていたんだ。見つかるはずもない、と。そう思っていたんだが……。「おおっとぉ!」 不意に拘束が緩んだ。あえてドタバタと前方に逃げ出し、振り返る。 黒衣で全身を隠し、闇に紛れる影。男とも女とも分からん濁った声に、一瞬たりとも隙のない立ち姿。こいつは――“暗殺者”。「チッ……なんじゃワレェ。何処のモンじゃ。おいらの正体分かっとったんか」 もう偽る必要はなくなった。おいらはフードを外し、視界を良好にする。「やはり。ビサイド様ですね」「それがどうしたんじゃ、ボケェ」「キュベロ様がお待ちです」「――ッ!!」 久しく耳にしとらんかった名前。そして、一日たりとも忘れたことのねえ名前。我らR6の、カシラの名前じゃ。「か、カシラは生きとんのか!」 いや、待て。おいらを誘い出すための罠かもしれん。「カシラは何処におる」「私たちの拠点に」「拠点? ……ッ」 一歩踏み出そうとすると、おいらの行く手を遮るように糸が張った。【糸操術】か、こら厄介だ。「……何モンじゃあ、自分」「セカンド・ファーステスト様に仕える万能メイド隊十傑はイヴが率いる暗殺隊その一人。暗殺者ゆえ、顔・声・名を明かすことはできません。申し訳ございません」「おいおい、暗殺者さんが主人の名前を明かしてもええんかい」「我々のご主人様はこれしきでどうにかなるほど弱いお方ではありませぬゆえ」「ほぉー」「それに、隠す必要もありませんので」「ん? そりゃどういう――んガッ!?」 背後からの衝撃に、おいらの意識は遠のいていく。暗殺者は一人じゃなかったんか、そうか、そりゃそうよなあ。 ……カシラ、どうか生きていてくだせえ。