俺は“そこそこの馬鹿”という自覚はあるし、仏教のぶの字も知らないが、流石に騙されないぞ。そんな無茶苦茶な話があってたまるか。「ふ、巫山戯てなどおらぬ」「じゃあ百歩譲ってお前が弥勒ナンチャラの生まれ変わりだとしてだ、なんでこの島はこんなんなってんだよ? 何処の誰がどう救われてんだ、アァ?」「……それは、よくわからぬ」「何故だ。お前が見守って、管理していたんじゃないのか?」「然様、遠く見守ってはいた。しかし、島の者のことはよくわからぬ。ここ数百年、深く関わってはいなかった」「関わってないィ?」「余にできる供養は、この地にて死した者の意志を背負い、ただひたすらに修行し、戦い続けることのみ。この島の人々の在り方には、決して口を出してはならぬ」「流派の名付け親はお前なのにか」「名付け、育て、導く。時を経たらば、子は親元を離れてゆくものなり」「なるほど、よーくわかった」 ミロクは誰かに《テイム》されたわけでもないのに自我が芽生え、元々あった仏教の知識をこじらせ、釈迦如来の幻覚を見て、自分を弥勒菩薩の生まれ変わりだと思い込み、弥勒流を立ち上げ、以降は修行の傍ら延々と島の人々の供養を続けてきたと。 納得できるか!!なんだよそれ。悟りで自我を得る扉を自ずとこじ開けたってことですか? すげぇなおい。 小学生の頃、歴史の授業で「昔の人はぶっ飛んでんなぁ」なんて思いながら聞いていたあの摩訶不思議な世界が、まさに今、俺の目の前でこれでもかと言わんばかりに展開されている。 え、納得するしかないの? 本当に?「――納得できない様子ですね?」「そりゃあ……ん?」 あれ?「ミロクお前、今なんか喋ったか?」「否」「私です。ここ、ここ」「……なんだお前、腹話術か?」 ミロクの方から声がする。しかし、ミロクは口を開いてはいなかった。「余ではない」「だから、私です! 横のお面! 向かって左側!」 横のお面……?「ミロク、ちょっと左向いて黙っとけ」「御意」 ミロクの頭の両脇には、お面が二つ付いている。 ミロクが左を向くと、悲しげな表情をするお面と目が合った。「初めましてセカンド。ミロクの中から戦いを見ていましたよ。実に見事な腕前でした」「お面が喋ってる……」「そうです。私の名前はシャカ。ミロクが最も初めに吸収した人間です」「……急展開すぎて付いていけてないんだが大丈夫だろうか」「大丈夫。貴方はきっと思い出します。吸収された者がどうなるのかを」 【吸収】されるとどうなるか? ……ああ、なるほど。「そいつの意志がミロクの中で生き続ける」「ええ。私の意志は殊の外に強かった。ゆえに私はこうして喋っているのです」「そうか。で、なんの用だ」「まずは貴方に感謝を。貴方と出会えたことで、再びこうして言葉を操ることができます」「テイムが影響してんのか?」「いいえ。亡者は成仏の間際、念を形にするのです。私は、今、この瞬間を、ミロクの中で千年待ち続けました」「千年」「冗談ではありませんよ。私が伝えたいことは一つ。セカンド、よくお聞き」「はあ」「転生者は私たちだけではないと知りなさい」「――ッ!?」 …………驚いた。 ラズベリーベルと、0k4NNさんだけではなかったのか……。「お前も、なのか」「東都大学文学部人文学科教授、同大学院思想文化学研究科、仏教哲学センター長、高橋豪太郎です。2008年6月、インド旅行中に毒蛇に噛まれて死にました」「……嘘ではなさそうだな。いや、待て。では何故シャカと名乗る?」「私の小学生の頃のあだ名がシャカでした。豪太郎→ゴータロウ→ゴータマ・シッダルタ→シャカという、子供の連想です。わりと気に入っておりますので、この世界に来てよりそう名乗っておりました」「納得した」