私は没頭していた。メヴィウスの【魔術】に傾倒していた。四属性×スキル五種というシンプルさがありながら、他のスキルに比べてスキル数が多いためINTを上げやすく火力を出しやすいという特色、その上に属性の相性があり駆け引きの要素が強い点など、魅力を挙げれば切りがない。 それほど魔術が大好きだった私が「初代叡将」を獲得できたのは、必然……などと言えるわけもなく、まさに偶然がいくつも重なり合った結果であった。 始まったばかりのゲームというものは、時間的側面から見て、プレイヤーのプレイが隅々まで行き届いていないに決まっている。私は見事、その穴を突けた。 全員が初参加のタイトル戦、参加規定すら曖昧だった頃の叡将戦にて、私は失格を覚悟し“魔々術”を使用した。 当時は「魔乗せ」と呼ばれていたそのスキルを、私はよりによって魔術に乗っけたのだ。 当然、失格するものだと、出場者は皆そう考えていたようであった。しかし、審判の出した答えは「アリ」。結果、失格することなく、私は一人勝ちを決めたのだ。 ……いや、語弊があった。正しく言うならば、一人勝ちではない。決勝戦まで一人勝ちし、そこでギリギリの優勝を決めた、だろう。 今でも覚えている。私と決勝で相対した男。 その後、誰もが認める完全無欠の世界一位となった男――「seven」だ。 彼はずば抜けていた。陳腐な言葉を用いれば、まさに天才と言っていい。輝かんばかりの若さがありながら、王者の資質、覇者の風格、勝者の威風を兼ね備え、彼の体中から止めどなく溢れ出る白銀の魅力に、私は一目でやられた。 試合は勝った。しかし、勝負は負けた。彼は魅せたのだ。魔々術を使う卑劣な私に対し、ただの魔術で良い勝負にまで持ち込んだのだ。 そして試合後、彼は私に一言こう伝えた。「面白かった。良い発想だと思う。笑ったよ」 ……後にわかる。彼は他のどのプレイヤーよりも「負けず嫌い」だ。恐らくこの時も、笑顔の下では鬼の形相で血涙を流し私を睨んでいたに違いない。しかし、彼はそれらの感情を全て呑み込み、そして本心から他人を称賛できる人でもあるのだ。 彼のその、まるで天上の神が食す黄金の果実の蜜のような、あまりにも甘く、尊い敬意が、他の誰でもない私に向けられている――それは、身震いするような快感だった。 ファンにならないわけがない。そうは思わないだろうか。 私はsevenが大好きになった。 彼の試合は必ず応援した。 彼と試合をする時は全身全霊で挑んだ。 彼が叩かれていれば怒りとともに擁護し、彼が褒められていれば心から喜び同意した。 それだけで私は幸せだった。 私の好きなメヴィウスをプレイし、大好きなsevenを応援する毎日。まさに夢のような日々だ。 しかし、現実はそう単純ではない。 三年も続ければ、仕事を減らした分、生活は苦しくなってくる。 先の見えない不安に、ストレスが溜まる。 世界ランキングにおける私の順位は、38位付近を維持していたところから、一気に100位圏外へと落ち込んだ。 そして何よりストレスなのは……彼が、sevenが負けることだった。 彼も人間だ。人より圧倒的に少ないとはいえ、負けることだってある。それはわかっている。 だが、私は完全無欠の世界一位たる彼が負けるところを見るのが、どうしても嫌だった。 彼は負ける度に成長を見せた。それも驚くべき成長だ。誰もがあっと驚く革新的で真新しい戦術をその都度生み出していた。メヴィウスにおける“常識”を、たった一人で何度も何度も塗り替えていた。常人にできることではない。悔しくて悔しくて仕方がなかったのだろう。きっと死に物狂いで日夜研究したに違いない。 ゆえに、負けることが彼を強くしていると論じる人もいた。私もそう思う。彼のためを思えば、適度に負けるべきだとも。しかし、それでも、私は彼が負けるところを見るのが絶対に嫌なのだ。