お風呂からあがると、マリーは静かに本を読んでいた。 パジャマ姿で椅子に腰掛けており、音も邪魔なのかテレビは既に切ってある。その様子を見て僕の進路は冷蔵庫へと変わる。 少し悩んでからコーヒー牛乳を作ることにした。彼女が最近愛用しているマグカップは犬の目鼻が描かれたもので、ぺろりと舌を覗かせている可愛らしいものだ。 うっすらと湯気だつコーヒー牛乳を注ぎ、そのまま少女の隣へ腰掛けた。 すると少女は顔を上げ、頬へと感謝の口づけを受けて僕は驚く。何が驚くって、たっぷり十秒ほど経ってからキスに気づいた点だ。それくらい僕らの間では自然な行為になりつつある。 指先で頬に触れている僕へ、マリーは身を寄せてきた。「ねえ、あなたの薦めてくれた本、ここの流れがとても好き。今まで平穏に過ごそうと思っていた彼女が、ついにひっそりと牙を剥くの」「うん、溜めに溜めた想いが、ようやく形になる時だね。そこから先は、たぶん終わりまで読むのを止められないと思う」 例えて言うなら最後に加速をするジェットコースターだ。 長いページを割いて主人公たちのキャラクター性、周囲の取り巻く環境、そして難題が暗雲のように世界を暗くしてゆく様を描写する。 王女、それに悪魔という組み合わせにはファンタジー感があり、女性には特に楽しめると思う。ただし欲望渦巻く世界であり、対象年齢はやや高めかな。 読者でさえ「これはもう無理だ」と思えるような状況へ、しかし主人公だけに出来る解決策が、切れ味の良いナイフのように核心へと突き刺さる。 ぐさり、ぐさり。一度ではなく何度も切りつけて、暗雲は払われてゆく……ように見せておきながら、今度は隠れていた難題が逆襲の牙を剥く。 そのような手に汗握る展開は、エルフにとって新鮮だと思う。じっと熱い瞳を注ぎ、それから先は丁寧にページをめくる作業だけを繰り返す。同じように僕も本を手に取ると、ゆったりと異なる世界へと足を踏み入れてゆく。 部屋にはページをめくる音、たまにコーヒー牛乳を飲む音、それからいかにも眠そうな黒猫の欠伸。 そんな単調な空間だけど、少女の内側はぐつぐつと煮立つ料理のように別物だ。主人公の持つエネルギーに触れ、小気味良く核心を粉砕する様子をついに見終え、ようやく少女はうっとりとため息を漏らした。