え、由々しき奇手ゆえ?「よいか。今後あの男には絶対に手を出してはならぬ」 王都郊外に佇む『ミックス家』別荘の一室、鬼穿将エルンテはつい一時間ほど前にあった土下座の屈辱などすっかり忘れたように、目の前の姉妹へと語りかける。 言葉を受けた姉のディー・ミックスはぞくりと体を震わせて、妹のジェイ・ミックスは意外といった風に眉をあげて反応した。「何故です、お師匠様。あの男、怒りにまかせて己の手の内をさらけ出すような戯け者。私たちの敵とは思えません」「馬鹿者。あの男の手の内があれだけと思うたか」「……しかし」「よう考えてみよ。ディーは完全にシルビアとやらの不意を突いたのだ」 エルンテの言葉を受け、ジェイは黙した。 冷静になって思い返してみれば、セカンドは食事中という最も気の抜ける時間に、それも自身ではなく隣の者に対しての不意打ちを防いだどころか、皿を使ってパリィして見せたのである。それは、単なる“反応の速さ”だけで片付くような話ではなかった。「ディー。ジェイ。お主らは鬼穿将戦のことのみ考えよ。決して報復しようなどと思うな」「ですが、このままでは引き下がれません!」 ジェイは怒りを前面に押し出して食い下がる。彼女は人生で初めて土下座をしたのだ。その短くない人生の中で、まず間違いなく最大の屈辱であった。それはディーも同様であったが、姉の失態のせいで何の責任もない自分まで恥をかかされたという身勝手な被害者意識が彼女の心により一層の激憤を掻き立てていた。「……あの黒衣の女と、謎の精霊。未だ掴み切れぬ。またあの男は一瞬にしてその姿を変えた。一体何のスキルやら、その効果が如何ほどか見当も付かぬ。勝てると思うか?」「でしたら闇討ちいたしましょう。三人ならば、負けようもないかと」「話にならん。ジェイ、己が上であるという考えは捨てよ。常に挑戦者たれ。油断や慢心は余裕の隙間に入り込む。己を厳しく律し続けることこそ鬼穿将への道と知れ」 エルンテは一方的に語ると、話は終わりとばかりに立ち上がった。そして、去り際に一つだけ言い残す。「あのシルビアという女、えらく反応が鈍い。当たらば“急戦”で攻め潰せ」 土下座と引き換えに得た情報。ディーとジェイは「はい!」と素直な返事をする。 エルンテは満足そうに頷き、二人に背を向けて去っていった。 ……その顔に酷く歪んだ笑みが浮かんでいることなど、姉妹は知る由もない。