“三百八日目”
俺はお代わりをお願いした時から、休み無く“恵み施す華麗な藻女帝”が造る多種多彩な美味なる料理を堪能し続けていた。
これは別に美味い料理を満足するまで食べ続けたい、何て思いがあったから、ではない。
基本的に“恵み施す華麗な藻女帝”の料理はその身体を構成する海藻を材料にして造られるため、料理を造れば造るほど体積が減っていく。
つまり最終的には形状を維持できる限界がある訳であり、それは弱体化に繋がっている訳だ。
とはいえ、話はそう簡単ではなかった。
なにせ、消費した分だけボス部屋を満たし、壁面を覆い隠す夥しい量の海藻が減少した体積を元に戻すため吸収されていったからだ。
巨人数十体分はあっただろう量を単鬼で食べ尽くす事は、普通なら困難極まる苦行である。
しかし幸いな事に俺は元々大食いだったし、それに加えて【特大鯨呑
とくだいげいどん
】を持っていたため、こんな戦法をとる事が出来た訳である。
【能力名
アビリティ
【海藻吸収】のラーニング完了】
【能力名【特級海鮮調理術】のラーニング完了】
【能力名【海藻化】のラーニング完了】
【能力名【異空間海産貯蔵庫】のラーニング完了】
その甲斐あって幾つかラーニングもできたし、現在は周囲の海藻を食いつくし、最初の頃は百八十センチほどの身長があった“恵み施す華麗な藻女帝”は四十センチにも満たないほど小さくなっている。
周囲に海藻は既に無い為、この状況からこれ以上復元される事はほぼないと考えていいだろう。
残りを食べ尽くせば、そこで“恵み施す華麗な藻女帝”は消える事になり、俺は攻略する事ができる。
どんどん小さくなりながら、それでもニコニコと嬉しそうな“恵み施す華麗な藻女帝”を見ながら、質問してみた。
――何故こんな、自殺に等しい事を行うのか。
迷宮を攻略しにやってきた者に対し、自身を削ってまで料理を振舞う必要性など皆無である。
害ばかりが積み重なり、自身の利になる事など一つもない自殺行為と断言していい。
それなのに何故行うのか。
――『私がやりたい、ただそう思ったからですよ』
それに対する“恵み施す華麗な藻女帝”の返答はそれだった。
理屈ではないのだろうか。本能によるものなのだろうか。あるいは【海藻の神】が定めた結末なのだろうか。
それは分からないが、最後の料理、小さな“恵み施す華麗な藻女帝”が自ら鍋に飛び込み、鍋によって自動的に調理されて短時間で出来上がった、ホカホカに炊けた白ご飯の上に盛られた“恵み施す華麗な藻女帝のひじきの佃煮”を喰べる。
鍋一つ分あるそれを、一噛み一噛み味わうように咀嚼する。
極上の素材の魅力を最大限引き立てるように調理された料理の数々は、言葉で表現し難い至福の一時を俺に与えてくれた。
食べても食べても次が欲しくなった美食料理の終わりという事もあって、複雑な思いが俺の内心で渦巻くが、ただただ真摯に食べ尽くす。
切れ端一つすら残す事はなく、甘辛いひじきの乗る白米を口に運んだ。
至福の一時も、やがては終わる。
空になった鍋を置き、掌を合わせ、しばし目を瞑る。
――御馳走様でした。
食べ尽くしたのだから有り得ないのだが、『お粗末さまでした』と言われた気がした。
[ダンジョンボス“恵み施す華麗な藻女帝
タングレイス・エンプレス
”の討伐に成功しました]
[神迷詩篇[藻女の深き恵みの洞窟
タングラブル・ディープケイブ
]のクリア条件【単独撃破】【料理完食】【決戦回避】が達成されました]
[達成者である夜天童子には特殊能力
スペシャルスキル
【海藻料理免許皆伝】が付与されました]
[達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【恵みの海藻】が贈られました]
[攻略後特典として、ワープゲートの使用が解禁されます]
[ワープゲートは攻略者のみ適用となりますので、ご注意ください]
[詩篇覚醒者/主要人物による神迷詩篇攻略の為、【海藻の神】の神力の一部が徴収されました]
[神力徴収は徴収主が大神だった為、質の劣る神の神力は弾かれました]
[弾かれた神力の一部が規定により、物質化します]
[夜天童子は【海藻神之調理鍋
タングレア・ポッター
】を手に入れた!!]
[特殊能力【迷宮略奪・鬼哭異界】の効果により、制覇済み迷宮を手に入れる事が出来る様になりました]
[条件適合により、[藻女の深き恵みの洞窟]を略奪可能です。略奪しますか?
≪YES≫ ≪NO≫]
そして当然≪YES≫を選択した。
手に入れた【藻女の深き恵みの洞窟】改め【鬼神の尊き海鮮食洞】の内部構造を少し弄り、色々と抜け穴のような通路を造る。
これで新しく立ち上げる偽装用の商会の商品を補給し易くなるなと思いつつ、色々してから高級宿に戻って寝た。
“三百九日目”
昨日はせっかくダンジョンボスを戦闘もなく喰べる事ができたのだから、ラーニングする確率をもっと上げる為にサイコロを振っておけばよかったのに、とは振り返ってみた今なら思う。
だが、自身を削りながら料理を造る“恵み施す華麗な藻女帝”を前にして、そういう考えがあの時は思い浮かばなかったのだから仕方ない。
あれは出される料理を喰べるだけだったとはいえ、ある種の戦いだった。
そのためサイコロを振る、という動作に発想が結びつかなかったのも、ある意味当然ではないだろうか。
決して、美味い料理に【状態異常無効化】があるのに【魅了】されていたから何て事はない。
ああ、絶対にだ。そんな事はない。
単純に、美味かっただけである。
ともかく、過ぎた事は仕方ないとして。
金属鍋型の【神器】である【海藻神之調理鍋】の使い心地を確かめるのも兼ねて、【海藻料理免許皆伝】や【特級海鮮調理術】を発動させた状態で調理した海鮮料理を朝食として皆に振る舞った。
アビリティの効果によって調理の手は淀みなく半自動的に動き、迷宮食材だけで造られた料理は自分で造ったとは思えないような見事な出来前だった。
それを皆美味しそうに食べてくれたのだが、やはり美味しそうに食べてくれるのは良いものだと再確認しつつ。
無事に二つの【神代ダンジョン】を手に入れた俺達はここでやるべき事はほぼ全て済んでしまったので、とりあえずカナ美ちゃんが偽装用の商会の為に確保してくれた、ちょっとした貴族の屋敷のような大型の店舗に従業員として“大商鬼
マーチャントロード
”を筆頭に、その手足として働く“中鬼
ホブゴブリン
・メイジ”や“半鬼人
ハーフロード
”などに加え、【鬼神の尊き海鮮食洞】から商品を調達する“ギルマンロード”や“大海司教
アーク・シービショップ
”などを配置する。
今は聖戦もあるので団員達をここに呼ぶ事は難しいため急場凌ぎになるが、大商鬼が複数居るのだ、よっぽどの事がない限りはどうにでもなるだろう。
そんな訳で、生成体達に新しく誕生した迷宮商会≪イルカの尾
デネブ・ダルフィム
≫として使う店舗の運営は全て一任し。
俺達は【アンブラッセム・パラベラム号】の鬼哭門を使い、王都に最も近い【鬼哭水の滝壺】まで飛んだ。
超長距離の移動が一瞬で済むのはやはり便利すぎるなと思いつつ、迷宮都市の外に骸骨百足に乗ったまま出てしばらく走行し、人気が無くなった場所で近くに待機させていたタツ四郎と合流する。
そしてタツ四郎に乗って王都近くまでしばし空の散歩を楽しみ、騒がれ過ぎないように近くの森に降りてまた骸骨百足に乗り、王都に帰還した。
まだ日が昇っているため活気があったので少し寄り道しながら屋敷に帰り、繁盛している店舗の様子を見ながら色々と雑務をこなす。
明日は大森林の拠点に帰郷する予定になっているので、身支度をしてからゆっくりと寝た。