「……ごほん。ええと、これでわかってくれたよね。ぼくが大公殿下に変な感情は持ってないってこと。ごらんの通り、女の子が好きなんだからね!」 これ以上変に絡まれないためにも、これきり誤解を解いておくに限る。彼も実際に恋人を目の当たりにして納得してくれただろう。 ──と思ったのだが、フィデリオはじっとシャルロットに見入っている。 「彼女さー……どこかで会ったことない?」 真面目な顔で訊ねた彼に、ミレーユは驚いてシャルロットを見やった。 (え……、知り合いなの?) シャルロットは不思議そうな表情を作って小首を傾げているが、目だけは観察するようにフィデリオを見ている。面識があるか思い出そうとしているようだった。 やがてフィデリオが、はっとしたように息を呑んだ。 「そうだ──思い出した。シャルロット・ド・グレンデルだ!」 「!?」 それは彼女が貴族だった時の名前だ。駆け落ちしてシアランへ来て女優になった今、彼女は名前を変えている。それを知る人はいないはずなのに──。 (あ……! もしかして、リゼランドで会ってたんじゃ!?) リゼランド王宮で宮廷劇団の女優として活躍していたシャルロットと、リゼランドに亡命していたフィデリオ。彼がどんな形でどこに匿われていたのかは知らないが、何かの拍子に顔を見たことがあったのかもしれない。 (うそでしょ……なんでよりによって知ってるのよ!) 彼にしてみれば駆け落ち云々の事情を知らないのだから、この状況は不自然に思うだろう。リゼランド貴族の娘がこんなところで町娘の恰好をしているなんて、明らかにおかしい。 ミレーユは狼狽したが、しかし当のシャルロットは顔色も変えず、組んだままだったミレーユの腕を力一杯つねりあげた。 「いぎゃー!」 「ミシェルったら、どうして黙ってるの!?」 涙が出そうなほどの痛みに悶絶するミレーユを、シャルロットは怒った顔でにらんでいる。 「何か言いなさいよ! 自分の恋人が目の前で他の男に口説かれてるのに! そういうところが煮え切らないっていうのよ!」 「痛た……、ご、ごめんなさい」 いきなりダメ出しされ、ミレーユは思わず謝ってしまう。しかしシャルロットは怒りが収まらないといった様子でミレーユを突き飛ばした。 「それともなに? アタシに飽きたから友達に紹介しようって、そういう魂胆なわけ!? 冗談じゃないわ、こんなありふれた口説き方しかできない男なんて御免よ!」 癇癪を起こしまくるシャルロットの瞳に、みるみる涙が盛り上がる。 「なによっ……、いつもアタシばっかり好きなんだから……! ミシェルのバカッ!」 しまいには、うっと泣き出しながら踵を返して走っていってしまった。 一連の出来事にフィデリオは呆気にとられた顔をしている。 「あれ……、勘違いだったかな。あんな激しい感じの人じゃなかったような……」 混乱しているふうの彼の言葉に、ミレーユははっと気づいた。正体を気づかれそうだと踏んでシャルロットは一芝居打ったのだ。 そうとわかれば自分も乗るしかない。彼女の素晴らしい演技力を内心讃えながら、キッとにらみつける。 「どうしてくれるんだよ、泣いちゃったじゃないか!」 「いやー……、なんか、ごめんね。全然口説いたつもりはなかったんだけど……」 「こんなことなら紹介するんじゃなかったよ! じゃあね!」 申し訳なさそうに頭をかくフィデリオに捨て台詞をたたきつけ、ミレーユはシャルロットを追って駆け出した。 演技派なシャルロットの機転で場は切り抜けたが、問題が解決したわけではない。むしろ増えてしまったのだ。 「ごめんなさい! シャロンたちはひっそり暮らしてたのに、あたしがこんなこと頼んだから……」 離れた場所で落ち合った後、ミレーユは真っ青になって謝った。 まさか二人が顔見知りだとは夢にも思わなかったからこそ協力を頼んだのだが、結果的にまずいことをしたのは間違いない。もし彼女の父の耳に入ったら連れ戻されてしまうかもしれないのだ。身分を捨てて好きな人と一緒になれた彼女なのに──。 しかし当のシャルロットは他に気になることがあるようで、考え深げにしている。 「落ち着いてちょうだいよ。別にこれくらい、大したことじゃないわ」 「でも、シャロンのお父さんにばれたら……っ。あのっ、あたし、全力で守るから! イアンさんと二人で宮殿に来て!」 「ええ、そんなことにはならないと思うけれど、もしそうなったらお願いするわ。それより、さっきの彼のことなんだけど。どうしてあたくしのことを知っていたのかしら」 「それは、たぶん、リゼランドで会ってたとか……。向こうに亡命してた人だから」 シャルロットは難しい顔になり、背後の壁に寄りかかった。 「……あたくしね、宮廷劇団の舞台には立っていたけれど、他の宮廷行事にはほとんど参加したことがないのよ。妾腹の娘だし庶民の育ちだから世間体が悪いって、父上は人前に出さなかったの。宮廷劇団は基本的に観客も女性だけだし、たまに男性がいても本当に限られた一部の貴族だけだったわ。なのに、彼はあたくしを知っていた」 「え……どういうことなの?」