靴を履き、そしてくるりと振り返る。 残念ながら僕は働かないと2人を養っていけないのだ。残念だけど。「じゃあ行ってくるね。あれ、ひょっとしてマリーはこれからお風呂かな?」「ええ、もう人間臭くて無理。あ、もちろんあなたは特別枠だから安心してちょうだい」 バスタオルを手にした少女は、どうやらよほど祝賀会が嫌だったらしい。とはいえ日本でも人と過ごす事は多く、そこまで嫌がるところはあまり見ない。 不思議に思っていると彼女の方から打ち明けてくれた。ただし、心から驚かされる内容だが。「あのザリーシュとかいう男から求愛されたわ。言おうか悩んでいたけど、あなたには伝えておこうと思って」「はあっ……! えっ、あの派手な人から?」 こくりと頷かれ、出勤時間を忘れるほど僕は動揺した。 もちろんマリーは魅力的であり、そのような告白を受けることはあるだろう。しかし相手は僕の倍近くものレベル保有者だ。もうひとつ、恥ずかしそうに打ち明ける言葉により、僕はもっと驚かされる。「あんまりしつこいから、私、頭突きしてやったのよ」 思わずクラリとした。 まさか我が家のエルフさんが、未来の勇者に頭突きをしてしまうだなんて。そうか、だからあのときマリーはバルコニーから駆けてきたのか。 いつものマリーでほっとしたものの、事態はそう単純に済まなそうな予感もある。考えごとをしながら僕は小雨の降る通勤路を歩き続けた。