「わたくし、ファーナ子爵家の一人娘でしたの」 帰り際、シャンパーニに「しばらく歩きませんか」と誘われて、敷地内の散歩道を二人並んで歩いていると、そんな風に切り出された。 彼女は歩みを止め、頭を下げながら「黙っていて申し訳ございませんわ」と謝る。「いや、多分、ユカリは知っていた」「ええ……そう、ですわね」 奴隷を購入する前に、その素性は全て調べ上げているはずだ。つまり。「ユカリが俺に話さなかったということは、俺が知る必要のなかったことなんだろう。俺の方こそ、覗き見るような真似をしてすまなかった」「!!」 シャンパーニを正面から見つめて謝ると、彼女は目を見開いて沈黙した。 彼女が今何を考えているのか、なんとなくわかる。素性を隠していたことで結果的に俺に謝らせてしまったことが、全てが自分のせいではないとしても、気に入らないのだろう。 そう、それは、お嬢様としての矜持。であれば、彼女が次にとる行動は。「……全て、お話しいたしますわ」 筋を通す。 できることならこのまま隠し通したかっただろう悲惨な過去を、自ら明かそうとする。 やはり彼女は、骨の髄までお嬢様。彼女が信じる彼女の中のお嬢様に決して背かないよう、狂気とも似た信念を持って生きている。「聴こう」 彼女のその馬鹿げた夢を、あらゆる形で応援したいと俺が思うのは、当然のことだとは思わないだろうか?「わたくしは、ヴィンストン学園に通っておりましたの」「王都の名門校か」「ええ。貴族のご令嬢ばかりが集まる、名門中の名門ですわ。わたくしも例に漏れず、子爵家の令嬢としてそこへ入学いたしました」 そこでティーボ・オームーンたちと出会った、と。「当時、ファーナ子爵家の領地経営は右肩下がりでしたわ。地方ゆえの過疎化に、塩害と移民問題が重なり、もうどうすることもできませんでしたの。ですからわたくしは、いずれわたくしが子爵領を再び盛り上げなければと、誰よりも勉学に身を入れましたのよ」「……もたなかった、か」「はい。わたくしの入学から一年足らずで、ファーナ子爵領は破綻しましたわ」 だから、ティーボたちに「没落貴族」と蔑まれていたのか。「不幸中の幸い、とでも申しましょうか。ヴィンストン学園の学費は、三年分全額前納しておりましたの。ですから、わたくしが学園で残りの二年を過ごすことは、何一つ問題のない、当然に認められるべき権利でしたわ」 ……そうか、そうだな。シャンパーニはその二年間を決して無駄にせず勉強し、再び貴族として生きる道を必死に切り拓いていたんだろう。 事実、彼女は頭が良い。それは話していて具に感じ取れる。無事に二年間を過ごすことができていたなら、ひょっとしてと、考えてしまうほどには。「ですが、学園が認めても、学園生は認めてはくださいませんでした。貴族ですらないわたくしを、良く思わない方々がいらっしゃいましたの。わたくしの存在が、名門の品位を落としている、と」「品位を落としているのはそいつらの方だと思うがなあ」「いいえ。貴族の世界は、肩書きが全てですわ。各人の内面など、一々見ている暇はございません」「それは……愚かしい、と言うべきか」「そういう世界、ですわね……」