赤ザビは、笑ってはいるがその額に青筋を立てていた。かなりイラってるご様子だ。こりゃ結果は見えてるなぁ……。「私がやりますよ、団長」 と、そこへ空気の読めない女が入ってきた。よく見ると、先ほど俺を睨みつけていた背の低いボブカット女だった。「儂が売られた喧嘩だ、儂が買う」「しかし団長がおいそれと私闘をされては団の規律に関わります。団長が行うようなことではありません。それも、第二王子の御前で」「……確かに、そうか」「その点、私ならば単なる実習と内外も納得するでしょう」「分かった。チェリ、お前が行け」「はい」 どうやら俺の相手はチェリとかいう女になったようだ。赤ザビは漢気のあるやつと思っていたが、違った。残念である。「貴方、調子に乗らないことです。ここは王国随一の魔術師が集う場所。多少腕に覚えがあるからと、通用するような場所ではない」 チェリは偉そうに啖呵を切る。そういうこと言えば言うほど負けフラグがビンビンになると気付いていないのか? ……よし、そうだな。ここはいっちょ講師らしく講義と洒落込もう。世界一位への道からはちょいと外れた“寄り道”になるが、これもキャスタル王国存続に必要なことだと割り切ってしっかりやろうと思う。キャスタル王国が侵略されればタイトル戦もなくなるかもしれんのだ、これは世界一位を目指す俺にとっちゃ死活問題である。 ん、待てよ。そう考えると、だ。こいつらに講義や実習をして一ヵ月後に成果を出すってのも、言わばタイトル戦の一環なのでは? おお、なんかめっちゃヤル気出てきた。「なるほど鋭い意見をありがとう。お前が俺の相手をするのか?」「……ええ、そうです。覚悟をしておいた方がいいですよ。いくら神童や天才などと謳われようと、ここではただの一般人以下になりますから」「自己紹介?」「いちいちムカつきますね、貴方のことですよ。私は序列上位です」「フーン……ところで、井の中の蛙って知ってるか?」「ええ」「お前のことだよ」「…………ッ!」「あーあー怒るな怒るな。怒れば怒るだけ弱くなるぞ」 コンマ何秒さえ惜しいPvPにおいて、感情ってのは無駄でしかない。ああしようこうしようと考えることすら無駄だ。日頃の鍛錬や過去の経験から“思考をショートカット”して動かなければならない。つまり、感情を表に出している時点で「話にならない」んだよ。「今、お前は多分こんなことを思っているんだろう? どうしてこんな若い男が講師なんて。私でさえ宮廷魔術師になるので精一杯なのに。きっと王子のコネに違いない。そんな奴に教えを乞うなんてプライドが許せない。それに何だこの男の態度は。舐めやがって。気に食わない、気に食わない、気に食わない」「……へえ、よくお分かりですね。その通りです」「舐められて悔しいのかな? チェリちゃん」「ッ……いえ、別に。それとその呼び方やめてもらっていいですか」「世の中にはな、舐めていい場合と駄目な場合がある。前者は舐められる方が悪い。後者は舐める方が悪い。お前らは明らかに前者だな。何が宮廷魔術師だよ。揃いも揃って俺に手出し一つできねぇでやんの」「貴方ッ……!」「ほら、数十秒前に教えたことすらできてない。怒るなって言ってんだよ。言葉分かる?」 チェリちゃんはぷるぷる震えて怒っている。マインが「やりすぎですよ!」と肘で小突いてきた。「これ講義なんだけど」と返すと「はぁ?」という顔をされる。「チェリ? あの、これ持ってきたんだけど……やめた方が」「……どうも、アイリー」 すると、アイリーと呼ばれた女がチェリちゃんに何か渡した。この無駄な時間はこれの到着を待っていたってことか? 一体何だろう。大きさからしてアクセサリーかな。「さあ、この“対局冠”を使って対局しましょう。逃げることは許しませんよ」 チェリちゃんは自信満々の顔で、俺に対局冠を渡しながらそう言った。逃げることは許さない、と。大真面目に。 …………。「んぶっ、ぶっっはっはっははは!!」「な、何がおかしいんですか!」 俺は腹を抱えて笑った。「っはははは、いや、だって、いひひっ!」 こんなん笑うなって方が無理だ。「はー、笑った。いやあ、凄いなお前ら」「だから、何がです。馬鹿にしてるんですか?」「ああ。お前ら、いつもコレで訓練してんのか?」「ッ、ええそうです。まあ貴方には関係のないことですが」「……凄いな。凄まじいわ」 本当に凄い。俺は「何対一でもいいからかかってこい」と言ったんだ。なのに、抱腹絶倒中の隙だらけの俺に対して、誰も攻撃してこなかった。その後だらだらと喋っていた間も、訓練場を見渡すフリをしてあえて背中を向けてみたのだが、誰も何もしてこない。「はぁっ」 俺は溜め息をひとつ強めに吐いて、口を開いた。