箸やお椀などの配膳を手伝っていると、おじいさんはコタツにごつんと日本酒を置く。それを見てマリーと黒猫は瞳を丸くさせた。「わ、きれいなピンク色をした瓶。それに桜の絵が描いてあるわ」「俺はてっきり飲める子が来ると思ってたからね。あれ、外人さんならひょっとしてお酒は平気なのかな?」 こく、り……。 ぎこちなくマリーが頷くと、わははと気持ちよい笑い声をする。つるりと白髪頭を撫で、それから卓上には3つの杯を置いた。 それぞれ席へと座り、鍋の具材をひっくり返しているころにボーンと時計が鳴る。どうやらもう7時を過ぎようとしているころだ。「ま、今日ばかりは細かいことはいいや。こいつは女性向けの酒でな、せっかくだし一緒に空けようと思ってたんだ」「へえ、こんなお洒落なのもあるんですね。観光客向けかな?」 とくとくと透明な日本酒は注がれ、まずは食前にひと口いただこうか。 舐めるよう舌へ乗せ、そして喉をごくりと通り抜ける。あれ、と思ったのは日本酒にしては飲みやすく、それでいて果実に似た後味があることか。 見ればエルフの少女もフルーティーな味わいに瞳を丸くさせていた。「わあ、喉からおなかまで温かくなるわ。ずいぶん飲みやすいのねえ」 にかりとおじいさんは笑い、ちょうどそのころ鍋は食べどきになったらしい。椀にはたっぷりと具を乗せられ、いただきますという声が居間へ響く。 おそるおそる箸で掴み、ひとくち少女の口へと放り込まれる。分かっていたけれど、確かにこれは驚くだろう。「うはあ……っ! 溶ける……っ!」 なにしろ海のフォアグラ、あんこうの肝だ。それが一気に溶け、上質な味わいがぐわりと口のなかいっぱいに広がる。パンチのある味といえば良いだろうか。 それのソースが絡んだ白子など、とろとろとした舌触りだというのに芳醇な海の風味を伝えてくる。 たまらず少女は「うあんっ!」と身もだえ、飲み込んでしばらくしても動けない。「おいしいー……っ! ああ、もうそれしか言えないわ。え、魚? どうして魚がこんなに複雑な味をしているのかしら」