翌日、店はまたいつものように営業を始めた。「ジジイだってもう老い先長くねェんだから、いさぎよく店をたたんで田舎に引っ込むか、さもなきゃおめえが早いトコ婿でも取って跡を継ぐなりすりゃあいいんだよ。ガキと老いぼれだけでやってから、ゆうべみてェなコソ泥どもに目ェつけられんだよ。……おいコラ、聞いてんのか、てめえ?」 上海蟹を肴に真っ昼間から紹興酒を飲みながら、シェンは少女を相手に管を巻いている。 しかし、いつもならシェンを見て怯えるはずの少女が、きょうはにこにこしていた。グラスが空になると、何もいわずにシェンの席までやってきて、勝手に紹興酒をそそぐのである。「バーカ、10年早いんだよ。酌なんざしてるヒマがあったら、ガキはおとなしく勉強してやがれ」 シェンが笑み混じりに毒づくと、少女は大きくうなずき、シェンと並ぶようにカウンターに座ると、スケッチブックを開いて落書きを始めた。「へっ……」 少女がクレヨンで書くつたない字を横目に一瞥し、シェンはカウンターの向こうの老人を見やった。「……来年からなんで」 いつもほとんど何もしゃべらない老人が、低い声で呟いた。来年から学校に行くという意味なのだろう。「今の世の中、アタマのいいヤツが勝つっていうからな。オンボロ食堂とはいえ、末は女社長だ。せいぜいがんばってもらやぁいい」 シェンは唇を吊り上げ、コップの酒を一気にあおった。 シェンのそのセリフは、自分の腕一本で世間を渡っていこうとする我が身をかえりみて自嘲しているようにも、あるいは自賛しているようにも思えた。